「結局」と「だって」

昔々、まだ私が刹那的だった頃、同級生の男子から「結局」と「だって」って言うなと言われたことがあります

「結局」と言った後に続く言葉は「決めつけ」で「だって」や「でも」に続く言葉は「否定」だから、女が言うと「可愛くないやろ」と言われました

最近、よく聞く気がしました

先日も「幸福論」を読んだという話をした時に「結局は、人に優しくとか前向きに生きなさいとかって内容なんでしょ」といわれて、なぜ本を読む前に結論を聞きたがるのかな?と思った
そして読みもせずに「良いか悪いか」「読むか読まないか」を決めてしまうのだろう?と思った

それって推理小説の犯人を先に聞いてしまうくらいに面白くないと思うんだけど・・・

昔、映画評論家の淀川長治さんが「どんな映画であってもいいところがある」と言われました
最後まできちんと映画をみて、その映画のいいところを見つけることが大切。といわれていました

本も同じだと思います

確かに何ページか読んで「これって面白くない・・・」と思う本もあるけれど、しばらくして読んでみると自分の考え方が変化したのか、面白かったりします
そういう1冊に出会った時は、とっても得した気がします

先に結論があるのではなく、本を読んで自分がどう感じたか。というプロセスが大切な気がします

私は沢山の本を読んでいるけれど、中学生の頃のように1冊を繰り返し読むほどの情熱もないし、読み終わったと同時に忘れていることも沢山あります
でも、何かのきっかけで思い出すこともあるし・・・

色々な人と話をして感じるのは、人の口癖って何からくるのだろう?という事でした

私の「結局」や「だって」「でも」は、同級生に言われて自分でも気にしているからか、極力使わないようにしていますが、相手を否定する時に使っているのを感じます

先日も言い訳ばっかりして「だって」と「でも」を繰り返す人に、イライラして「結局は、言い訳ばっかりで何にもせえへんやんか!」と怒りました

「結局」と「だって」と「でも」のオンパレードでした・・・

今の私の口癖は「まっ、いいか」と「何とかなるやろ」かな?
気がつくと独り言でつぶやいていることがあります

先日の人間関係心理士の授業の中で先生が、エリアクラム別の口癖や見た目があると言われていました
わかりにくい人もいますが「まっいいか」はタイプ7の人らしいものだそうです

先生いわく「話していると何となくわかる」そうですが、私はまだまだなのでこれからです

新しい事を学ぶことってワクワクします
なんで学生時代にもっと勉強しておかなかったのかな?って不思議に思います

もう1度学生時代に戻ってみたいな~とは、思わないけど・・・学生気分って楽しいですicon37

楽しい事をしている時って「だって」とか「でも」って言わないのかな??
今度、気をつけてみます
  

2012年05月22日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)その他

ダイエット依存症を乗りこえる!正しい治し方と知識



お手軽!お気楽!簡単!ダイエット・ブームの危険な落とし穴に警鐘!

本書では”ヤセる=ダイエットする”その奥底にある女性の危険な美的願望を解明し、市橋院長が正しい心の有り方と癒し方、心の解放
の仕方を明快に筆記しております。
ダイエットという甘い言葉に誘われて、取り返しのつかない”心の迷路”に落ちないために欠かせない一冊です。

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とっても可愛らしい表紙とは裏腹に、なかなか中身の濃い1冊でした

シック・マザーの後に読んだせいもあって「わかるわかる!」という話がいくつも書かれていました
内容的には「タイプ別依存症」についての詳しい説明と対応というか、気をつけましょうねという警告という感じでした

この本を読んで仙台に行ったのですが、その後、友人がいる盛岡に行きました

友人と友人の姉には、ちょっとした確執があって私が行った週の始めまで姉がいたこともあって友達から色々な「姉の違和感」について聞きました
私もお姉さんに会ったことがあったので、イメージもあったのですが思わずこの本を差し出して「ここを読んでみて」と言いました
それは「自己愛パーソナリティ障害」の項目だったのですが、友達は「うんうん」と言いながら読んでいました
私が「お姉ちゃん、こんな感じだよね」というと「本当にそう」と言っていました

お姉さんはダイエットだけでなく、自分へのこだわりがとても強い人なのですが、私や友達からすると「なんで??」と思うことが沢山ありました
先日も、買い物中に自分が気に入っているという足拭きマットの話をしたと思ったら、いきなり買い物カゴの中に入れるから友達が「私はいらないわよ」というと「なんでいらないのよ!」と怒り始めたそうです
私が「なんで??」と聞くと「自分が進めるものを私が買わなかったのが気に入らないからでしょ」という事でした
自分が進めるものを買わないなんて信じられない!という人みたいな気がします

食べ物への執着も強くて「朝はOOを食べなくてはいけない」と決めると、どんなに大変でも食べ続けるという話なんかもあって、その食材が手に入らないとカリカリして怒っているそうです

この本を読んで2人して「そっか~~やっぱり自己愛ね」と言っていました

あんなに自分がいいと思ったものを人に押し付ける人もいないよね。とか、何かを決定することができないので、人のせいにして責任逃れをする。など色んな話をしました
といっても、本人が気がついているわけではないし私たちは医師ではないので解決方法があるわけではないので友達はとりあえず「姉がいる間は、がまんがまん」と言っています

私も従姉妹ですが、似た姉がいるので友達の気持ちがとってもわかります
それにやっぱり縁が切れる訳ではないから、上手に付き合っていくしかないよねって言っています
  

2012年05月21日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)読んだ本・・・その他

検査結果

18日に仙台に行って来ました

今回は、放射線科の診察と婦人科は腫瘍マーカーの検査でした
腫瘍マーカーの結果は、正常値でした

放射線科に私が治療を受けていた時の担当だった「自称:ジブリマニア」の先生が復活していました
前回、私が放射線科の診察を受けた時には名前がなかったのですが、今回は外来担当の1人に入っていました
やたらといい体格でジムで体を鍛えているらしくて、看護婦さんと「ちょっとゲイっぽいよね~~」なんて勝手に言って笑っていました

今回は先生の都合が悪くて会えなかったのですが、9月に会えるといいなと思っています

放射線科の診察の時に、先日の出血について言いました
排便かと思ったら出血したというと「内視鏡検査を受けたほうがいい」と言われたのですが・・・
断りましたicon_maro06
だって~~~「肛門に内視鏡なんて嫌!!」というと「絶対に。とは言いませんが、放射線治療の晩期障害やポリープや大腸がんなどもあるので、今度出血したら検査しましょう」と約束させられてきました・・・
う~~~ん、複雑な気持ちです

とりあえず、今までは半年だった診察を今回は3ヶ月にして様子を見ましょうと言われて9月に行くことになりました

婦人科は、前回の女性の先生だったら「がん検査という言い方は嫌です」と話してみようと思っていたのですが、今回は男性の先生でとても話しやすい先生でした

婦人科でも出血のことは、今度、何かあれば受けて。と念押しされました

先生に「先生たちは排尿障害の事は言ってくれるけれど、排便障害については言ってくれないけれど、排便障害ってすごくつらいから、きちんと言って欲しい」とお願いしました
そしたら「わかりました」と言ってくれました

私はこの先生が結構、話しやすいし言葉が明瞭なので好きです
あの3・11の外来の時も先生でした・・・

排尿については、術後1週間が過ぎて手術の時につけていた尿道カテーテルを抜いて、時間ごとに自分でおしっこをして、その後カテーテルを入れて残尿を調べます
その時には担当の看護師さんに色々な事を聞けるのですが、排便についての説明はなくて、手術後に問題があっても医師に言うよりは患者同士で「なんかおかしい」とか話して「私もそうだったわ」と先輩患者さんに言われて初めて「これってみんなが経験することなんだ」と思って安心しました
こういう時に聞けた人はいいけれど、患者さんの中には他の人と全く接触を持たない人もいました
そういう患者さんは、ずっと1人で悩んでいるんじゃないのかな?と思いました

排尿についてもだけれど、寝ている時に「おねしょ」をしたことがあります
えええ??と思ったけれど、排尿を自分でコントロールができない時期には、尿失禁やおねしょなんてあって当たり前でした
でもそれは、なんとなく納得(覚悟?)ができていたけれど、排便についても同じことがあった時には人間の尊厳というと大げさだと思われるかもしれないけれど、それに似た感覚はありました
外出して帰り道に家に間に合わなかった時に、この年で、なんでこんなにつらい思いをしなきゃいけないんやろ・・・と思った
自分が情けなくて、本当にいやだと思った
そういう感覚は、体験した人にしかわからないのだと思う
私の場合は放射線治療を受けているから余計に、排便についての問題が大きかったように思います

今でも脂肪分の多いものを食べた日には、必ずと言っていいほど下痢をします
これも、手術後からです
あんなに排便について問題がなかった私としては、本当にストレスが溜まります

これからも色々なことがあるのかな?と思ったりします

今の私の悩みは、外陰部のむくみが左から右に移動したことと、よくかぶれることです
これは、他の「がん友さん」とも話したのですが、免疫力が低いのか色々な肌トラブルや白髪やシミなんかが増えた気がします
年齢のせい。というと更年期も始まるくらいだから、それもあるかもしれないけれどちょっと納得できない私です
  

2012年05月20日 Posted by すもも at 00:00Comments(4)TrackBack(0)退院後の検査

コメント:5・17

amiamiさん、お役に立ててよかったです

私の左足もそんな感じです
ブヨブヨというか、プヨプヨというか・・・って感じですね

私は他人からは両足で見ないとわからないくらいですが、自分では違和感たっぷりです
今は、外陰部のむくみが左側から右側に移動した気がします
ほとんど感覚もないし、かぶれてしまったりして大変です
こういうのって体験した人にしかわからないつらさですよね・・・

下着は、術後はズロースみたいな「おばあちゃん下着」でしたが変遷を重ねて、今はなんとか合うのを見つけました
3年目でやっと「そこそこ」の下着です
amiamiさんも、自分にあうものに出会えるといいですね


私は服装はほぼ手作りです
ニットのチュニックなんかは動きやすいし、外からはわかりにくくていいと思いますよ♪

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コメントの書き込みができなかったので、こちらに書きましたicon_maro06  

2012年05月19日 Posted by すもも at 23:02Comments(0)TrackBack(0)その他

受けたい医療

最近、CMで見かける「受けたい医療が受けれる」というがん保険

これって、何でしょう?

受けたい医療が受けれる医療ではない。

特に進行度によって治療が変わる「がん」などでは、例え「内視鏡がいい」と言っても
受けれるかはステージによっても変化する

そして先進治療は、夢の治療ではないと思います

自分が受けれる治療が何で、どの病院でどんな治療をしているのか?
それを知らない人が多いなと思います

人は選択したことに責任を持つべきだと思います

どんなにつらいことであっても「はんこを押す」という選択をしたのであれば、それは選択したのだと思います

私が主治医から「右の卵巣を吊り上げるかどうか?」と聞かれた時に言ったのは「治療の事で私は医者でないから決めれない。でも、先生が私にとって最善の方法であると思うのならつらくても受けます」という話を最初の面談で言いました
手術が終わって、退院が決まった時に主治医から「すももさん、追加の放射線治療をするけれど、どこで受ける?ここにする?それとも東京にする?」と聞かれました
私の選択は「治療を受ける・受けない」ではなくて「どこで受けるか?」だけでした

受けなくてはいけないというのは、医師の判断だけれどそれ以外の選択は患者である私のものです

先進医療よりも、早期発見・早期治療じゃないの?と思う
ステージが低ければ、受けれる治療の幅ももっと広くなります

「受けたい医療」になんだか無責任さを感じる私でした

先進医療を受けられる病院は限られている!:http://allabout.co.jp/gm/gc/24936/  

2012年05月19日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)その他

うちの母

うちの母は、ちょっと天然です

今ではそうも言えるけれど、子供の頃の私は簡単に母の言葉で傷つけられていました

シックマザーを読むと「ああ、こういうところって母にもあったな」と思いました

でも、自分から親から離れていこうと思ったことと、母が言った言葉が本当かどうかを母の姉や妹、少し年齢の上の従姉妹に確かめたりして「なんや、お母さんの思い込みやん」と自分のせいではないとわかったことが沢山ありました

私は本当は2月生まれのはずでした。
母から言わせると「家の中に同じ干支が3人いると家が栄えるというから未年で生まれる予定やったのに、あんたが早よ生まれたからよくない」ということでした

子供の頃は「私は生まれてこなきゃよかったのかな・・・」と思った
私の友達は早産しないようにと子宮口を縫いました。それを聞いた時に、早く生まれるのを私が望むかもわからないし、そもそも我慢せずに生んだのはお母さんでしょ。と思った。そしたら、お母さんが言う「自分で早く生まれた」なんて、アホらしいわと思った

誰のせいでもない事を私のせいというのは、子供っぽい母らしい言葉だなって思った

駆け落ちして、親に反対されて一緒になったという話も、なかなかの美談かもしれないけれど、実際は私が生まれる1年後には両親とも親がやってきて私の世話をしてくれていました
駆け落ちしたことも、反対されたことも本当かもしれないけれど、それが長引いていたという事実は1つもなかった・・・なんや、それなのに「お母さんの味方はお父さんしかいないから」ってのも、変な話やわと思った
確かに今は、おじいちゃんもおばあちゃんも亡くなったからお母さんが実家に帰れる訳ではないけれど、その理由は「駆け落ち」ではないやんと思った
そこは、違っているよね。と思った

私が結婚する時には「親になにもしてもらわなかったから、あんたにも何もしない」と言われた
それも、本当か後日、姉に確かめたら「あの子は、お見合いの相手と結納を交わしていたのに、あんたのお父さんと結婚したいと言って、破談にして結納倍返しをしてお金がなかっただけ」という話でした
そして、お母さんが言っていた「お姉ちゃんは親が用意してくれたのに」というのは、全くの嘘で「私は借金して嫁入り支度を自分でしたんよ。だから、借金を返すまではと、結婚してからしばらくは子供も作らないで働いてた。あの子は、結婚してすぐにあんたができたし、お金なんてなくて当たり前や」と言っていた
へえ~と思った
母は自分を「何もしてもらえない可哀想な私」と思ってたんだとわかって、なんだか、母の言う「何もしてもらえなかった」と言っていた言葉が子供が親にいう「かまって」コールなんだとわかった

そしたら、今まで自分が母から言われていた言葉が「どうでもいい言葉」だと思えるようになった

そもそもが根拠のない「いい加減」な発言なんだから、それに振り回されても仕方がないんだしと思うようになった

最近は、母が何かを言っても「ここがおかしい」という説明をすることにしました

先日は、母が私に「出会いがないの?」と言って「私の頃には電車であった人に声を掛けられたりしたもんよ」というので私が「お母さん、今どきそんなことしたらナンパでしょ。そんなナンパしてきた相手についていったら危険やろ。そんな人についていってた、お母さんたちのほうが変やわ」と言った
母が「えええ~~、それはナンパなんか!」というから「ナンパ以外に何があるねん。それに駅で待ってたらストーカーやろ」と言った
母が「でも、会社の子が他の会社の人を紹介してくれたりしたで」というので「それは、今時なら合コンなんやろ」と言った
そっか・・・・と言った母は「でも、そんな事があっても何もなかったんやから、昔の人はええ人やったんやわ」というので「昔でも、今考えたら危なかったかも。ってことはないか?昔の人だからええ人やったなんて、今時の草食男子じゃあるまいし、お母さんが気がついてないだけやろ」と言った
そしたら「ああ!そういえば1人そんな人がいたわ。やたらと電車がなくなるまで一緒にいようって言うんよ。でも、あの時、実家やったし田舎やったやん。お母さん「帰ります」って言うて帰ったわ」と言うから「そのまま、最終がなくなってたらどうなってたかわからへんで」と性悪に言うと「でも、ほんまにそうかもしれへんな」と言っていた
「そもそも、自分だってナンパやなんやと言いながら結局は幼馴染のお父さんと結婚してるんやから、出会いがないないというても、そこに縁があるかは別でしょ。」と言っておいた

シック・マザーの本を読むと、いかに親子。とくに母と子の関係が深いか感じました

お母さんの言葉で傷つけられた人は沢山いるような気がしました

うちの母に昔「お母さんはプレゼントをしても、ありがとうと言ってくれない」と言ったことがありました
いつまでも母は「私に傷つけられた」と言っていました
その言葉を言うには、それなりの理由がありました

「傷つけられた」という言葉は、わかるけれど「でも、お母さん。ありがとうと言ってもらえなかった私はもっと傷ついてたんよ」と思います

そんな私たちは今では、どこから見ても普通の親子だと思います
お互いに言いたい事が言える関係ができたように思います
そのためには、どういえば相手が納得するのかを見つけることと、母の言葉が本当かどうか。を調べてみるのも大切な気がします

人間関係において「自分だけが悪い」なんて事はない気がします

特に親子なんて「お互いさま」なんじゃないのかな?と思う私でした

そして、そんな母に育てられた私は、何があっても「まっ、いいか。何とかなる」と思える人になった気がします
  

2012年05月18日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)がんと家族

大腸がんに効く黄色い香辛料とは

大腸がん治療にカレーのスパイスの有効性が試される。

カレーなどの料理に色や香り付けに使われる香辛料である鮮やかな黄色のターメリック。日本では、「ウコン」としての方が有名だ。このターメリック(ウコン)に含まれる成分が、「クルクミン」だ。このクルクミンを含む香辛料ターメリックは、数百年も前からインド料理やタイ料理で頻繁に使用されてきた。

このクルクミンが抗がん剤の持つ大腸がん細胞の殺傷力を高める効果があることは、既に実験室レベルでは確認済みなのだ。

今回は、人間に対する実証実験として、進行性の大腸がん治療に対するカレーのスパイス成分クルクミンの効果を検証する。実験するのは、イギリスのレスター大学(University of Leicester) のがん医療研究センターECMC(Experimental Cancer Medicine Centre)の研究チーム。

大腸がんでは、抗がん剤治療の副作用の負担が大きいために、抗がん治療が長期間続けられないことが多く、 がんの転移が広がった後では治療が難しかった。

クルクミンにがん細胞を抗がん剤の効果を助長する機能が確認されれば、 がん患者へ投与する抗がん剤の量を減らすことができ、それは副作用も減少されるため、治療をより長く続けることが可能となる。

実験の結果を待つまでも無く、大腸がん患者は抗がん剤に平行してターメリックカレーを食べることは有益だろう。

  

2012年05月17日 Posted by すもも at 00:00Comments(1)TrackBack(0)ニュース・・・がん

世界で“おひとりさま”が急増中!?

この15年間で80%も増加している「一人暮らし」。

経済発展、情報革命などが、歴史的に例のない単身者の急増を促している。
調査会社ユーロモニター・インターナショナルによると、世界全体の単身者世帯数は1996年の1億5300万世帯から2011年の2億7700万世帯に急増している。この15年間で80%も増えているのだ。

総世帯に占める単身者世帯の割合が世界一高い国はスウェーデンの47%。ノルウェーの40%がそれに続く。両国とも北欧流の手厚い福祉政策が単身生活者を保護している面がある。日本の単身者世帯の割合は約30%で、都市部での割合はさらに高い。単身者世帯が急増している国は、経済成長著しい中国、インド、ブラジルなどの新興国だ。

米国における単身者世帯の割合は27%。女性が約1800万人、男性が1400万人だ。単身生活者の大半が都市で暮らしている。

人類は有史以前から共同生活を営むことを好んできたが、この50年ほどで単身者世帯の増加が始まった。人類史上、例のない壮大な社会実験が行われているといっても過言ではない。ではなぜ一人暮らしが増えているのだろうか?

理由の一つは、経済発展で社会が豊かになったこと。一人で暮らす人が増えたのは、自分で生活できる経済力を持つ人が増えたということでもある。また、個人を尊重する文化が社会の主流になってきたこともあるだろう。情報通信革命が起きたことで、一人暮らしをしていても充実した人間関係を保てるようになったことも要因の一つだ。

「単身の生活」と「孤独な生活」は混同されることが多いが、実はまったく異なるものだ。前述の調査によると、孤独感を決める要因は「人間関係の質」であり「人間関係の量」ではないとのこと。離婚経験者がよく言うように、気の合わない人と同居することほど孤独感を深めるものはないのである。単身生活者は、一人の時間を自分磨きやスキルアップに費やせるので、生活に充実感を覚えている傾向が高い。

また、単身者世帯数が増えると、環境の負担が大きくなると考えがちだが、実はそれほどでもない。単身生活者は都市部のマンションで暮らすことを好み、車が必要な郊外の邸宅で暮らしたりしないからだ。また、中年層の単身生活者は、消費支出が多いだけでなく、市民活動にも熱心であるため、都市の活性化をもたらしている。

単身者世帯は増加しているものの、単身生活者の暮らしぶりについて一般の理解が深まっているとはいえない。もっとも単身者世帯の増加は、始まったばかりの現象だ。この現象が長期的に見て、社会にどのような影響をもたらすのかは、これから追い追いわかってくるだろう。

http://xbrand.yahoo.co.jp/category/lifestyle/8647/2.html  

2012年05月16日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)ニュース・・・その他

化粧品に含まれる乳がんリスク成分

化粧品に含まれる乳がんリスク成分

化粧品や食品に含まれる低濃度のカドミウムでも、乳がんを発症・転移するリスクが高まることが判明した。

カドミウムは体内に入ると、女性ホルモンのエストロゲンに似た作用を示すことがあるため、特定の化粧品に含まれることがある。低濃度でもカドミウムに慢性的に曝露された細胞は、高レベルのSDF-1というタンパク質が発生することが判明したのだ。このSDF-1というタンパク質は、がん(腫瘍)の浸潤および癌転移に関連する物質=がんリスク物質として既知なのだ。

化粧品以外にもカドミウムは農業用の肥料に添加されることも多い。食品も、化粧品も、がんリスクを避けるのに越したことは無いだろう。

新たな乳がんリスクに関する研究は、米ドミニカン大学カリフォルニア(サンラファエル)生化学准教授のMaggie Louie氏が、米サンディエゴにて開催された実験生物学(Experimental Biology)学会年次集会で発表した。

癌治療の最新情報:http://blog.kougan.info/

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カドミウム摂取量「がんと無関係」 国立がん研究センター調査

 発がん性があるとされてきたカドミウムを食事から多く摂取しても、少量しか摂取しない人と比べてがんになるリスクは増えないことが、国立がん研究センターの研究班の調査でわかりました。

 秋田県や新潟県、大阪府、高知県、沖縄県など、カドミウムに汚染されていない9府県の45歳〜74歳の男性4万2032人、女性4万8351人、合計9万383人を対象に約9年間に渡って、喫煙や飲酒など他のリスクを除いて、カドミウムの摂取量とがんの発症との関連を調べました。

 うち、男性3586人、女性2263人、合計5849人が何らかのがんになりました。米や小麦、野菜、果物など34食品について、どれだけ食べたかを報告してもらい、体内に入ったカドミウムの量を推計。量によって4つのグループに分け、がんの発生リスクを比較しました。その結果、すべてのがんリスクと、カドミウム摂取量の明確な関連はみられませんでした。

 さらに、各部位別がんリスクについても調べたところ、男性の胃がんと膵がん、女性の腎がんと子宮体がんでリスクの上昇がみられましたが、いずれも統計学的に有意な関連ではありませんでした。
 理由として、食品に含まれるカドミウムの量が少ないことと、肺からの吸入ではなく口からの摂取であることが考えられています。

 体内に入ったカドミウムの56パーセントは米から、20パーセントは野菜、13パーセントは大豆から摂取していました。米を主食とする日本人は諸外国と比べ、カドミウムの摂取量が多い傾向にあります。
 研究班は、「米を主食とする日本人は、カドミウムの摂取量が欧米人より多いが、普通に食べる範囲では問題がない」としています。       

 高濃度のカドミウムを肺から吸収すると、肺がんリスクが高まるという先行研究が多くありました。国際がん研究機関は、ダイオキシンやアスベストなどと同じ発がん性があるグループ1に、カドミウムを分類しています。

http://ksj.blog.so-net.ne.jp/2012-04-30-1

「食品に含まれるカドミウム」に関するQ&A

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/12/h1209-1c.html

  

2012年05月15日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)ニュース・・・がん

シック・マザー 心を病んだ母親とその子どもたち



子どもの心や行動、発達の問題とみなされる状態の背後に、母親の病が隠されていた!うつや不安障害、パーソナリティ障害や依存症など、近年増加する子育て世代の心の病。不安定な親に育てられる子どもたちは、どのような精神状態にあるのか。発達や人格形成に影響はないのか。どうすれば乗り越えられるのか。これまで見過ごされがちだった「機能不全に陥った母親とその子どもたち」の現実を検証、克服の道を探る。

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少し読んでみました

以前、さんまの「ほんまでっかTV」の中で小木ママが「抱き癖が悪いというのは嘘」という話がありました
むしろ、ちゃんと「抱っこ」してもらっていた子供のほうがいいというのを見ましたが同じことが書かれていました

昔の人が「抱っこしてると、子供に抱き癖がついて、ずっと抱っこしてなきゃいけない」と言って「赤ちゃんに振り回されてしまう」という考えがあったそうですが、「抱き癖」がつくかつかないかくらいの赤ちゃんが親を操作するようなことはなく、むしろお母さんが抱っこしてくれないという不安感ができてしまうそうです

6ヶ月くらいまでの赤ちゃんにとって大切なのは、たっぷりの愛情だそうです

少し悲しいなと思ったのが、お母さんが病気を抱えていると子供がお母さんに「大丈夫だから」と小さいけれど親を支えてあげようとする。また、大人になっても人の顔色を見てばかりで自分の考えをもてないなどの弊害ができきたりするそうです
一見、人の気持ちがわかる親切な人。のようではあるけれど、いじめにあってもきちんと言えなかったりして自分を追い詰めてしまうようになってしまうのかな。と思いました

ある女性が授業で「AかB、どちらがいいですか?」と聞かれました
その質問は、完全に自分の気持ちを答えるだけだったのに、彼女はこたえられませんでした
その時に、ずっと先生の顔をみていました
先生に「どちらかと聞いているだけで、私の顔を見ていても何もならないわよ」と言われましたが、結局は黙ってしまいました
彼女は、正にこのタイプだなっと思った
何か困難があると、お母さんの悪口を言い続けて「自分の正当性」を主張していました

シックマザーというのは、確かにあると思います

でも「大人になった自分」は、その時のお母さんを許してあげれるんじゃないのかな?と思うんだけど・・・
  

2012年05月14日 Posted by すもも at 20:00Comments(2)TrackBack(0)読んだ本・・・その他

ニューハーフショー~六本木・香和~

土曜日に友人と六本木のニューハーフショーを見に行ってきました

タイのバンコクや大阪のベティのマヨネーズに行ったことがありますが
今回の香和のショーは、花魁座の日本風のショーでした

本当に「綺麗やわ~icon_maro02」というのが感想です

ニューハーフの人を見ると「女性よりも女性らしい」と思います
そして、仕草も可愛いな~face16と思います

「女子力UPicon_bikkuri2」というのは、本物の女性が女性らしくなくなってしまったのかな?と思ったり・・・

ニューハーフの方というと、男性から女性へですが、以前、女性から男性へ性転換手術を受けた方からメールを頂いたことがあります
当たり前ですが、男性が男性機能を失くすのと同じように、女性は子宮と卵巣を手術で取ります
私と同じ、広汎全摘出手術になります
広汎全摘出手術の後は、排尿障害もあるし、いきなりの更年期などもあるので大変だなと思いました
でも、彼(彼女?)からメールを頂くまでは、そういう事を考えたことがありませんでした

色々な理由で子宮を失くす人がいるんだな。と思った出来事でした

知らないことは、その想像力すら無くしてしまうのか・・・と思いました
そして、どういう治療でどういう後遺症を抱えているのか。など正しい知識で知ることが大切なんだなと思いました
  

2012年05月13日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)その他

精神科医の綴る幸福論



精神科医の綴る幸福論―「あるがままの自分」から「あるべき自分」へ

森田療法の権威による幸福論。幸福とは何か、それは得がたいものなのか、病人や老人に幸せはないのか……といった問題について、長年の臨床経験をもとに書き綴った。
著者は「どんなに絶望した人でも、幸せになることはできる」と言う。患者さんや自らの体験から多くのエピソードを紹介し、幸せをつかむための具体的アドバイスを贈る。

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最近、香山リカさんの本を読んでいたのでちょっと違う先生の本も読んでみようと思いました

この著者も精神科医ですが、この本を書かれた時にはすでに70歳を超えていました

色々な患者さんと接していたこともありますが、自分自身も死を予感するような大病をしていたり、20年前に奥さんを50歳で亡くすなど色々な経験をされていて、この本を書くことになったそうです

私が以前から少し気になっていた「森田療法」についても書かれていました
その中で「日記療法」というのがあるそうです
毎日、いいことを日記に書く。そのためにいいことをする。そうです
なんとなく「幸せだから笑う」のではなく「笑うから幸せになる」に似ているなと思った
表面だけでもいいから、行動することで結果が変わっていくそうです

私が入院する前に「介護日記」で「いい事は赤文字で、悪いことは普通の黒文字」というの知りました
私も闘病日記に生かしたのですが、たまにですが自分の日記を読み直すことがあります
その時に赤い文字しか読んでいないことがわかりました
そして、その時に私自身も「明日は赤い文字が増えるといいな」と思って楽しいことや嬉しいことを見つけては書いていきました
「今日は病棟をO周歩いた」とか「今日はOOが食べれた」とか・・・
普通に考えたらどうってことないことなのに、そんなことでも嬉しいことでした
でも、それを書くことで段々と元気になっていくことを実感することができました

元気な人にとっては、そんなことくらいで・・・と思う事でも病気や精神的に疲れた人には大切なことが沢山あるのかなと思った
そして、それを感じることができるのも、やっぱりつらいことを体験したからかなって・・・思う私でした

そしたら、つらい体験も捨てたもんやない気がしました
  

2012年05月11日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)読んだ本・・・その他

40歳からの心理学



30代以降の結婚だからこそ変化を恐れず愚直になれ!自分の人生の責任を取れるのは自分だけ。人生は“勝ち”“負け”と単純に二分できない。年齢に縛られず、いつでもスタートしよう。大切な人生を見つめなおすための必読書。

「これでよかったの?」と問い続ける女性に、すべてを手に入れようとせず、自分にとってほしいもの、いらないものをはっきり見極めながら過ごす方法を伝授。同じ40代の著者が贈る、大切な人生を見つめなおすための必読書。

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「40歳からの・・・」というタイトルに惹かれて借りました

20年来の友達と話をしていた時に「そういやSくんって、どうしてるんやろな?」と聞いてみた
共通の友人でもあるSくんとは、少し前から連絡が取れなくなっています

学生時代にモデルをしていたくらい男前だった彼は、いつも女性のうわさがありました

1度「付き合ってみる?」と私と話した事があるけれど、彼からは「すももは刹那的やからやめとく」といわれ、私は「あなたは破滅的だから、無理やろな」と言って終わりました
その後、彼は私の友人の中では一番早く、神戸のお嬢さんと結婚しました

そんな彼の人生は本当に波乱万丈でした

3歳で自分の目の前で両親を事故で亡くしました
彼はその記憶を持ったままで、お母さんの妹夫婦に育てられました
結婚式でお母さんに会ったけれど、とっても明るい朗らかないい人でした

でもどこかで「本当の親ではないからな」と言っていました

そんな彼が一番最初に結婚したのは、家庭が欲しかったのかな?と思っていました
でも、震災のあとから仕事が続かなくなって、段々と連絡も取れなくなってしまい今ではハガキを送っても奥さんに電話をしても連絡がつかなくなってしまいました

友人が「40歳を過ぎたら男って色々になっていると思うから、学生時代の友人でも連絡できない奴がいっぱいいる」と言いました
女性は子育て中や独身といったくらいかもしれないけれど、男は大きな会社の部長になってたり出世してる奴もいるけど、やばい奴は、本当にやばいからな。と言っていました
確かにそんな気がするかもと思った

私の知り合いでも借金苦で逃げた人もいるし・・・

こうやって「40歳からの心理学」と書けるだけ女性のほうが、まだいいのかな?と思った私でした

そして、彼に「刹那的」と言われた私も、やっぱりそうなのかな?と思ったりしました
  

2012年05月10日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)読んだ本・・・その他

就活失敗し自殺する若者急増…4年で2・5倍に

 就職活動の失敗を苦に自殺する10~20歳代の若者が、急増している。

 2007年から自殺原因を分析する警察庁によると、昨年は大学生など150人が就活の悩みで自殺しており、07年の2・5倍に増えた。

 警察庁は、06年の自殺対策基本法施行を受け、翌07年から自殺者の原因を遺書や生前のメモなどから詳しく分析。10~20歳代の自殺者で就活が原因と見なされたケースは、07年は60人だったが、08年には91人に急増。毎年、男性が8~9割を占め、昨年は、特に学生が52人と07年の3・2倍に増えた。

 背景には雇用情勢の悪化がある。厚生労働省によると、大学生の就職率は08年4月には96・9%。同9月のリーマンショックを経て、翌09年4月には95・7%へ低下。東日本大震災の影響を受けた昨年4月、過去最低の91・0%へ落ち込んだ。

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せっかく就職をしても、すぐに辞めてしまう人が多い時代に仕事が決まらないことで命を絶つ人がいるというのは、なんだかとっても切ない気がします

私が病気をした時に決めたことがあります

「自分で決定できないことには悩まない」ということです

手術前に色々なことを言われます。その時に必ず「OOだったら、こうなります」という最悪な事でした
でも、その最悪な事もそうでないことも自分では何1つ決めれないんだという事でした

しかも先生にもわからないので「手術してみてから」「検査してから」という事でした
自分の体なのに、自分も医師さえもわからない・・・

もしもこれが受験勉強なら、自分の努力だと思います
でも、自分では決めれないのなら「例え、最悪な事でも自分のせいではない」と思うことにしました

仕事でも同じような気がします

企業がどういう人材を求めているのかは、実際のところわからないと思います

確かに断られた時には自分の人格も否定されたような気がします

でも「自分には合わなかっただけ」と思う気持ちも大切な気がします
そして「10社落ちたんだから、それなら旅行にでも行こうかな。」とか頑張った自分に対するご褒美をあげてもいいような気がします。ちょっと後ろめたい気持ちもあるかもしれないけれど、それもいいやん。という考え方でもいいかな

仕事も恋愛もそうだけれど、相手があるものにくよくよ悩んでも仕方がないと思う私です

ただ、その時に家族から「早く仕事を決めなさい」とか「なんで落ちたの」と言われるとつらいかな・・・
  

2012年05月09日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)ニュース・・・その他

ゼイタク病

先日の「かまわれたい人々」でも書かれていましたが、自分の幸わせに気がついていなくて悪口や愚痴を言っている人を見ることがあります

少し前に、ものすごく久しぶりに大阪時代の友達に電話をしました

かれこれ何年ぶり??と思ったけれど、なぜ彼女に電話をしなかったのかは
話し始めてすぐに気がつきました

2時間半のうち2時間は、旦那さんの悪口と高校受験に失敗した娘さんの話でした
娘さんのは「あの子が受験を失敗したのは、小学校の時の担任のいじめのせい」ということで
その担任に対する悪口と、自分がいなければ高校にもまともに行かないという娘さんへの不満。そしてご近所さんの愚痴でした

「ぜいたく病やな」と思った

結婚してすぐに妊娠した彼女は、20年以上1度も働きに行く事もなく郊外に一軒家を買って娘も大学生に高校生。そして平日には近所の奥さんとお菓子教室に通っています。何の不満もないはずがどうしたらこんなに愚痴や不満や悪口が出てくるのかな?と思いました

人はどんなに自分が幸せであっても、幸せな自分を認めてあげなければわからないものなんだなと思った

幸福論は実は「不幸論」というように「こういうことが不幸なんだよ」と言われないと自分の幸せに気がつかない人たち・・・うらやましいなと思ったりします

子供がいて、だんながいて、自分が必死に働きにでることもなくご飯が食べれて・・・

当たり前の日常の中でも幸せってあるような気がします

病気になって貯金もほとんどなくなってしまったけれど「なんとかなるよね~~」と思う私

反対に、仕事もあって貯金もあって何も困っていないのに「お金がない」という人

お金はいくらあってもいいと思う

でも「いくらあったら満足なんやろ?」と思う人もいます

そこそこに生きていけたらいいんと違う?と思います

人を好きになっただけでも「幸せやわ」と思う人もいるけれど、自分の目の前に好きな人がいてくれるのにその大切さがわからない人もいる・・・

なんでやろなと思った

「今、生きていること」それだけでもいいんと違うやろか。。。

今日から新しい職場で働いています。ご褒美にビールを飲みましたicon37

「至福の時」でした  

2012年05月08日 Posted by すもも at 00:00がんとこころ

わが家の母はビョーキです



わが家の母はビョーキです

これは、精神病にかかったお母さんを持つ、著者の実話を描いたコミックエッセイです。
近年、「うつ」という言葉が一般に浸透したことで、実は、とても多くの人が心の病気で悩んでいるということが明らかになりました。著者のお母さんもその一人……。ただし、診断の結果は「うつ」ではなく、うつに次いで多い「統合失調症(トーシツ)」です。
昔は「精神分裂病」と言われていたこの病気、なんと100人に1人の割合で発症しています。これはがん患者と同じ割合です。でも、どうしてあんまり聞いたことがないのでしょうか。その裏には家族のやりきれない想いがあったのです……。
本書では「統合失調症」とはどんな病気なのか、どうやって回復するのか、どんな思いを抱いているのか、そして当事者とどう関わっていけばいいのかを家族の視点から描きました。また、看病されるお母さんと看病する娘の、心と心のぶつかり合い、通じ合いを深く鮮明に描いた作品にもなっています。
「ときにはイヤになるけれど、今では幸せな生活を送っています」。そんな著者の姿が、間違いなく胸を打つ一冊です。

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お母さんが自殺未遂をしようとした時に、まだ小さかった娘さんが「死んじゃヤダ~~、ユキがゴハン作ってあげるから!!」「何もしないでも生きててくれるだけでいいの~~」と言うシーンがあります
それに対してお母さんが「お母さんにはユキちゃんがいるんだもんね」と娘のために生きていかなきゃと思ったそうです

このマンガを読んでいて思ったのは、病気に対する自分自身の無知さもあるけれど、100人に1人という発症率ですが、統合失調症は脳の病気で回復が望める病気であるということをあまりにも知らないということでした

お母さんが統合失調症という環境の中で、守って欲しいはずの子供が「お母さんを守らなきゃ」と言って支えていく。本の中では子供だったユキさんが、色々な問題に対処しながらお母さんと共に生きていく姿が書かれています

入院するにしても、病院にかかるにも、生活するにもお金がかかります
人が追い詰められていく要因の1つに金銭問題があるように思います
それから、相談できる相手がいること。社会的に受け入れてくれる場があること。が大切な気がします
それらのことに、どのようにしたらいいかなどもかかれています

うつ病や統合失調症の家族を抱えた人と話す事がありますが、医師でない家族が入院を決意するのは難しいことだと思いました
以前、お母さんが自殺未遂をして措置入院をしたという娘さんがいましたが、彼女は私と同じ「がん患者」でした。その事を悩んだお母さんが、将来を悲観して自殺未遂をしたそうです
いつも明るい彼女からは、想像もできない出来事でしたが少しずつ、でも確実に状況は悪くなっていったそうです。でも、その日がくるまではわからなかったそうです
幸い、お母さんは発見が早く、またいいカウンセラーの先生とめぐり会えて今は、状況がよくなっているそうです

がん患者でも問題になっていますが、治療を必要としているのに、治療を受けない医療ネグレストをいう状態の人が沢山います。特に精神的な問題を抱えた人は、自分自身で判断する冷静さを持って居なかったりするので悪化してから病院にかかる人も多いそうです。また、薬を飲むと仕事ができないなどの理由で勝手に薬を止めてしまう人もいます

この本の中でも、お母さんが薬を飲まなかったりして状態が悪化していったりします

本の最後には、ユキさんが結婚した相手がとても楽天家の人で「まっ、いいんじゃない」と明るく言ってくれることでお母さんと娘さんの関係も良い方向に向っていっていると書かれていました
旦那さんや地域相談センターのスタッフさんという第3者が入ることで、お互いに相手の見方が変化していったからかなと思いました
どうしても自分と相手だけだとイライラしたり、許せないと思っていたことが「まっ、いいんじゃない」と言われることで気持ちが軽くなることってある気がします

どんな時でも自分1人で悩まないこと。って大切な気がしました
そして「ちょっと無理かな」と思ったら相手との距離をとってみるのもいいのかもと思います

不思議なもので「がん」になってから色々な病気を抱えた人やその家族の方と話すことが多くなりました
正直、私にはわからないことが多いけれどこうやって本を読んだりすることで「こういう辛さがあるんだ」「ここは似ているな」など色々なことを知るようになりました

難しい専門書なら読むのも大変だと思うけれど、マンガならすぐに読めるしいいなと思いました
  

2012年05月07日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)読んだ本・・・その他

かまわれたい人々



◎「家族」はペットのネコだけ
◎ひとりぼっちの「男性おひとりさま」
◎「仕事」に依存する会社人間
◎「お客様相談室」に人生相談をもちかける
◎性的な遊びをせず、「お喋り」のためだけに風俗嬢に貢ぎ続ける
現代社会に生み出された『かまわれたい人々』、
「孤独」の底に隠された「願望」を探る。

多くの日本人は、「誰かにかまってほしい」という気持ちを持っています。

これは正確に言えば、
「誰かにかまってほしい。だけど、ひとりの時間がほしい」、
「ほうっておいてほしいけど、ひとりぼっちは嫌だ」という矛盾した
願望のあらわれだと言えます。

こうした葛藤は、「自由」と「孤独」の板ばさみから生まれています。

現代社会は「自由」の価値を声高に叫ぶ社会です。
そしてこの「自由」の大半は、他人から「かまわれない自由」です。
この「自由」には「孤独」の影がつきまといます。
なぜなら、他人から「かまわれない自由」は、
「かまわれない孤独」に容易に転化するからです。
そして、『かまわれたい人々』は、この「孤独」に耐えきれなかった人たちです。

本書は、こうした「自由」と「孤独」の葛藤から生まれた
『かまわれたい人々』を分析するものです。

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退院後に、まだまだ体調が悪いけれど、ずっと家にいるのも気がめいってしまうのでお稽古に通い始めました。一番若い人でも50歳台から、上は80歳台までという幅の広さだったので色々な話が出来て、楽しかったです
そして、それまではご近所に親しい人は大家さんだけだったのが今では沢山できました

先日も、旦那さんが筍嫌いで自分だけでは作らないと言ってた人がいて私が「筍が食べたい~~」というと作ってくれて、おすそ分けしてくれました
ちょっと母親に似た味付けで、とても美味しかったです

「かまわれない自由」は、とても楽な気がします
でも、その反面「かまわれない孤独」もある。というのは、とてもよくわかります

色々な年代の人と話をすると自分が抱えている問題が「案外、大丈夫かも」と思うことが沢山あります
そして、自分にとっては「一生を左右するくらいに大変なこと」が、年齢を重ねた人からすると「乗り越えたこと」だったりもします

「おひとりさま」と言いながら、どこかで繋がっていたいと願っている人が沢山いる気がします

ただ、その中でもルールがあって「自分や家族の自慢話はしない」「詮索をしない」「楽しい顔をする」「暗い話や愚痴は言わない」など最低限守るべきことがある気がしました

本当の意味で「かまわれない自由」というのは、基本的な人間関係を持った上で成り立つような気がしました
  

2012年05月06日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)読んだ本・・・その他

手術数でわかる いい病院 2012



症例数=いい病院。というわけではないと思うし、東京のように病院が沢山ある地域では患者が1つの病院に偏るということがあまりないと思います
それに比べて、地方では1つの病院に患者が集中していたりしますが、症例数が多いというのは、医師の技術が高いという利点もあると思います

また、がん種別に最新治療が取り上げられているというのも参考になります

病院を選ぶ基準の1つと考えてみるのにはいいと思います






  

2012年05月05日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)その他

スピリチュアルケアと臨床パストラルケア

スピリチュアルケアとは

人は病気のとき身体的な苦痛のみではなく、精神的(心理的)、社会的、更に霊的(スピリチュアル)苦痛を含む「全体的痛み」を苦しみます。それぞれの苦痛に対して身体的ケア、精神的(心理的)ケア、社会的ケア、そして霊的ケア(スピリチュアルケア)が必要です。

霊的(スピリチュアル)苦痛とは、霊(魂、心)が求める欲求(ニーズ)が満たされない時に痛みが発生しその痛みが「叫び」によって表現されます。その叫びに応対する(ケアする)のが霊的ケア(スピリチュアルケア)です。

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霊的欲求(ニーズ)には哲学的ニーズと宗教的ニーズがあります。
哲学的ニーズとは:人生の意義や意味を求めることです。 すなわち、生きる事、死ぬ事、働く事、楽しむ事、苦しむ事、悲しむ事、無力である事、孤独である事、疎外されていること等の意味付けです。
宗教的ニーズとは:超自然の存在や神、永遠の生命、死後の世界、天国と地獄、魂や霊の働き、祈ること、希望、良心、罪や罪悪感、罪の許し、感謝と賛美、のようなものです。

臨床パストラルケアとは

現在では「パストラルケア」という言葉は「スピリチュアルケア」と殆んど同義語である、と考えられます。 しかし歴史的に見ますと、イギリスやアメリカの医療施設には「パストラルケア(pastoral care)部」があります。従来、この部門で働く人は殆んど全てキリスト教のPastor(牧師)である上、更に臨床的に患者の霊的(スピリチュアル)苦痛をケアするための専門的コースを習得して資格認定された人達だったのです。 従ってpastorが患者のスピリチュアルケアをする、と言う意味でパストラルケアと呼ばれてきたわけです。 語源的には、パスターは「羊飼い」とか「牧者」という意味であり、キリスト教関係でそれが使われるのは、聖書のキリストの言葉、「わたしは良い牧者である」に由来している。 従って「パストラルケア」はパスター(羊飼い)が羊を親身になって世話するように人々をケアするという意味から出た言葉です。 キリスト教圏の国々の医療施設では呼び方は違っても似たような部門を持ち患者のスピリチュアルケアに当っています。 キリスト教以外の宗教でも人のスピリチュアル面は当然重視しますから、似たような仕事(ケア)は存在します。

従って、このような歴史を踏まえて、本センターの名称のように、組織や団体の名前に使われているのは良いとして、そこで行われている「ケア」の本質は1990年のWHO専門委員会報告書にあるように、「スピリチュアルケア」という言葉で言い表した方が現在は一般的であると思われます。 世界的にも「パストラルケア」よりは宗教色の少ない「スピリチュアルケア」という言葉の方が広く使われていく傾向にあります。 

しかしながら、「パストラルケア」はスピリチュアルケアに加えて、特定の宗教(例えばキリスト教)の信者や求道者に「宗教的ケア」をも行う場合がある。 その場合には「パストラルケア」はスピリチュアルケアを中心とした上で宗教的ケアも行うと理解すれば良いと思われる。

臨床パストラルケア教育研究センター:http://pastoralcare.jp/spiritual.html

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がんとスピリチュアルを検索すると「スピリチュアルケア」というのが出てきます

海外の緩和ケアの本を読んでみると、ほとんどの病院に牧師さんがいたりカウンセラーがいたり
また、必要な時に呼ぶことができます
がん患者と精神的なケアが密接につながっていると感じます
日本では、病棟で牧師さんを見たりすることはないので末期がんの患者さんがもしも「牧師さんを呼んでください」と言ったとしても、叶うのかな?という気がします
完全なキリスト教系のホスピスであれば叶うかと思いますが、大学病院やがんセンターなどではどうでしょうか?

末期がんと言われて、すぐに亡くなる人もいますが、告知を受けてもゆっくりと進行していくがんもあります
人にはそれぞれ受け入れる時間が必要。というのは感じます
また、長くても短くても受け入れることができる人と、そうでない人がいる気がします

どんな人でもあっても自分の話を聞いて欲しいという気持ちがある気がします
がん体験者の先輩や末期がんの人の話を聞くと、自分が生きていた証を知って欲しい。という強い気持ちを感じます
そういう私もその1人なのだと思いました

日本の医療機関の中で、スピリチュアルケアという考えがもっと浸透してくれたらいいかなと思います
  

2012年05月04日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)がんとこころ

占い

先日、友達と横浜の中華街に行ってきました

その時に「手相占い」をしてもらいました
占い師さんに「だんなさん?」と聞かれて「いいえ」と言って
「彼氏?」と聞かれて「いえいえ、違います」と言って不思議な顔をされたので
私が「飲み友達です」友達が「くされ縁です」と答えました

25年の付き合いだけど、友達以上にはならない2人はお互い別々に占ってもらいました

私の性格の時に「竹を割ったような性格で男っぽい人ですね」と言うのを聞いて
隣で大笑いしていました

運命線を見てもらっている時に「50歳からの線がないですね」と言われました
占い師さんには「これからできていく線ですね」と言われました

自分の中で自分の人生は48歳でいいと思っていました

私の好きな織田信長が48歳で亡くなったと知った時に「私も48歳でいい」と思った
(実際には、49歳で本能寺の変です)

そしたら、42歳でがん患者になった
5年生存率を生きたら47歳か・・・と思った

48歳になったら自分の人生をもう1度考えてみようかなって思っています

今月、検査に行きます

検査が近づいてくると、ちょっと不安になります
いいことと最悪なことを考えてしまう私でした
  

2012年05月03日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)TrackBack(0)その他