死と不安を乗り越える: 「医活」納得のいく医療との出会い方

すもも

2012年09月26日 00:00



死と不安を乗り越える: 「医活」納得のいく医療との出会い方

1976年生まれ。茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。緩和医療医。日本消化器病学会専門医、日本内科学会認定内科医、日本尊厳死協会リビングウィル (LW)受容協力医師、2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科専門研修後、日本最年少のホスピス医(当時)の一 人として京都市左京区の日本バプテスト病院ホスピスに勤務したのち、2008年より東京都世田谷区の入院設備のある往診クリニック(在宅療養支援診療所) に勤務し、入院・在宅(往診)双方でがん患者・非がん患者を問わない終末期医療を実践、2010年6月から東邦大学医療センター大森病院緩和ケアセンター に所属し、緩和ケアチームを運営している(「BOOK著者紹介情報」より)

「死ぬときに後悔すること25」大津秀一:http://miyabimari.tamaliver.jp/e137186.html

すべて、患者さんが教えてくれた終末期医療のこと:http://miyabimari.tamaliver.jp/e315145.html

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この先生の本は3冊目ですが、私がこの先生が好きなのは死生観というのかな
死に対する考え方が好きです

・・・・・もちろん多くの人は、好き好んで死にたいとは思わないだろう。
ただ、しかし、それは誰にも訪れてしまうのである。死を敗北としか思えないのならば、人は最後に必ず敗北で終わってしまう。同様に、愛する誰かを失うことが敗北なのであったら、人は生きている限り敗北し続け、そして最後に自分が敗北するという悲しい一生なのである。・・・・・(本文より)

ついつい「がんで死ぬ」というと、多くの人に死=敗北というイメージがある気がします

私の中では、そのイメージはアナウンサーの逸見政孝さんの言葉だった気がします

人生の絶頂期ともいえるほどの時に、がんに罹患して48歳という若さで
生きる事を望んで、でも結局はがんで亡くなってしまった彼の会見を思い出します

まだまだ生きれると思っていた年齢で「がん」で死ななくてはいけなかった彼の言葉は多くの人の心を揺さぶったと思います。

がん死=敗北。
でも、がん患者になった今、それも「人それぞれ」なのではないかな?と思います

多くはないけれど、何度か「死ぬなら、がんがいい」というのを聞いたことがあります

先日もお稽古の時に、50代の方が「脳卒中や心筋梗塞でいきなり亡くなるなら、私はがんがいいわ」と言われていました。ちょうど、友人を心筋梗塞?で亡くされた後らしく、残された家族を見て「少しでも余命のある病気がいい」と言われました

医師の中でも、そういう人がいます

たった1日でも余命があれば「さようなら」や「ありがとう」を言うことができるから。。。と

今、年間3万人以上の自殺者がいる時代になりました

生きる事だけでなく、いかに死ぬかも問われている時代になったのかな。と思います


※逸見政孝さんのことについては、こちらに詳しいことが書かれています
(この時の治療は現在の治療とも検査とも違います。現在の医療はもっと進んでいます)

逸見政孝氏のがん治療への疑問に答える:http://www5.ocn.ne.jp/~kmatsu/gan042itumi.htm

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