200人に1人が『共感覚』という音楽や
文字に色を感じる人がいるそうです
みんなが同じではないそうですが、ざっとこんな感じに見えるそうです
ハ長調・・・ざらっとした白
ニ長調・・・ギラギラしたオレンジ
ホ長調・・・リッチな緑
ヘ長調・・・マットなピンク
ト長調・・・クリアな空色
イ長調・・・真っ赤
ロ長調・・・地味なえんじ色
ド・・・無彩色(白・黒)又は赤
レ・・・ほとんどが黄色
ミ・・・黄色・オレンジ・緑
ファ・・・青、またはオレンジ
ソ・・・青、または緑
ラ・・・赤、または紫
シ・・・無彩色、または紫
また、食事をした時に『形』を感じたり、『痛み』に色を感じたり
色んな感覚と感覚の混線を
『共感覚』というそうです
・音を聴くと色や形を感じる
・黒い文字に色が付いて見える
・月日や曜日が空間のある位置を占める
音楽以外にも、文字に色がついて見えたりするそうです
見える色は後天的なもので知らない文字には色がつかない
こんな感じに単語として、文字に色がついて見える人もいれば
みかん トマト きゅうり
こんな感じに文字自体に色がついている人がいるそうです
い ろ は に ほ へ と
面白いな~って思いました
音に色がついて見えると好きなアーティスト選びも「この人の出す『色』がいいの」とか
選ぶ理由も変わってくるのかな?と思ったり。。。
有名な人としては、宮沢賢治やアルチュール・ランポーなども共感覚の持ち主と言われています
それで思ったのが宮沢賢治の『やまなし』にでてくる「クラムボン」って
もしや、彼にはとっても可愛い色だったりしたんだろうか?って思った
小学校の教科書に出てきた時に、とても面白い音だけど思ったのですが
「なんで、クラムボン?」って思ってました
クラムボンに色がついてる世界を見てみたかったな~~
では、なぜ
『共感覚』が生まれるのか?
赤ちゃんのころは皆、共感覚だったのでは。
赤ちゃんのころは脳が未発達なので「音」と「色」感覚が同じようなネットワークを持っていたのが
成長するにつれて、そのネットワークが独立してしまって「音」=「色」という感覚を
忘れてしまったのではないか?という『余剰配線説』です
脳の働き方が違うのではないか?という『脱抑制説』などです
ふと『目が見えない人はどうなんだろう?』と思いました
以前「目が見えない人に絵を教える」ことができる学芸員さんと話をしたことがあります
一言で『目が見えない』といっても、中途失明者と生まれたときから目が見えない人がいます
中途失明者には、そのまま色を表現すれば伝わるけれど、ずっと目が見えなくても
色を表現する時に「赤です。太陽に手をかざして暖かいなって思った時の色です」
「青です。水を触った時の色です」というような表現をしていくと
ほとんどの人がわかってくれるそうです
そして、感覚として色を理解してもらえる。ということでした
『共感覚』をもう1度取り戻せることができたら、きっと楽しいだろうなって思います
「音に色がついている世界」を体験してみたかったな。。。
ただ、プラスの面だけでなく「嫌いな色」があったりすると、それがストレスになる場合もあるらしく
全てがいいわけではないそうです
でも、もしも
「みどり」「あか」「きいろ」って見えたら、ややこしい
色聴:
http://www.isop.co.jp/main/sikicho.htm
日本共感覚協会:
http://synn-japan.candypop.jp/whatssynesthesia.html
色聴者判定テスト:
http://www.synaesthesia.jp/index.php