最期のコンサート~あるチェロ奏者の死~
・・・・・言葉で表現しないんだから
チェロではじめて表現したらいいわけだよ
言葉だと相手の悪口が出てきたりするけど―
音楽では誰も傷つかないから
だから最大の味方は
楽器なんだよ 音楽なんだよ
音楽は 気持ちを 感情を
素直に表すことが出来るから
楽器で音楽で表現するんだよ
音楽で表現するのは
何の罪にもならないから
音楽で チェロで
いろんなストレスも
発散するといいんだよ
だから 最大の味方は
楽器なんだよ 音楽なんだよ
・・・・・・・徳永兼一郎~あるチェロ奏者の死より~
1996年に55歳の若さで逝去したNHK交響楽団のチェロ奏者徳永兼一郎さんの最期のコンサートの模様を見ました。
「音楽では誰も傷つかないから」という言葉は、ホスピスに入院したのちも可能な限り演奏を続けた兼一郎さんが番組の中の紹介された言葉です。
番組の詳しい内容は、こちらの方がわかりやすく書かれています
詩のある暮らし:
http://poemculturetalk.poemculture.main.jp/?cid=35
NPO法人子どもに音楽を:
http://www.kodomoniongakuwo.sakura.ne.jp/
子どもにこそ本物の音楽を!~夫との別離から、音楽を届ける活動を始めるまで~
http://www.nikkeibp.co.jp/style/secondstage/jinsei/jyujitu_080303.html
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放送で、この言葉を聞いた時に感じたのは「これって色でも同じだな」という事でした
この音楽という言葉を「色」に変えてみると、まるでカラーセラピーだなって思いました
そして楽器は画材と言えると思いました
先日、友達に赤ちゃん生まれたので、久しぶりに会って話をしました
その時に私が赤ちゃんにはぬいぐるみを、お母さんになった友達にはクレヨンをプレゼントしました
核家族で近所に知り合いがいないなど昔の子育てと今の子育ては違うだろうし都会と田舎でも違うんだろうなって思いました。また同居していると、姑から昔の子育て論の押し付けなど色々なことがありますがクレヨンで童心に戻ってぬってみて。と渡しました。その時に私が言ったのが「色は人を傷つけないから」でした
「言葉は人を傷つける」自分はそう思っていなくても、
言葉は相手がどう受け止めるかで大きく変わっていきます
明らかに「自分の受け止め方の問題」なのに、すぐに「傷つけられた」と感じる人たち・・・
たとえセラピーであっても相手を傷つけることがあります
聞かれたくないことだってあると思うけれど、相手が語ることで楽になることも沢山あります
でも、言葉には相手を傷つける要素は沢山あるんだと思いました
でも、もしも相手が本当に聞かれたくないと思っていても色を通じてなら
言えることもあったりします。それがカラーセラピーの良さでもある気がしました
ただ自分自身が「気付く」ことを大切にしているので、すぐに結果がでる訳ではありません
カラーセラピーは、占いみたいに「当たる」「当たらない」でもありません
答えは自分のココロの中にある。
それを見つける手助けをするのがカラーセラピストの役目なんだと思っています
そして、いつもいつも感じることですが「がんで大切な人を亡くす」ということが
その方のその後の人生をも変えてしまうことがあるんだということです
徳永兼一郎さんが亡くなった後で、奥さんが「子どもに良い音楽を届けたい」と
子どもに音楽をという活動をされているそうです
人が亡くなるというのは、その人の人生は終わってしまうことだと思います
でも、その死が残された人の生きるちからになっているのを沢山、聞きました
だんなさんや一緒に闘病生活を送っていた友人。
患者会や色々な活動をされている方と話してみると、ほとんどの方が「自分のため」というよりは
「亡くなった人のために」と活動されている方が多いということを知りました
それは生きている自分が亡くなった人に恥ずかしくないように生きたい。という思いを強く感じました
そして「自分のためだったら、こんな事続けていられなかった」という事でした
自分は亡くなっても、命はちゃんと続いているんだということなんだなって思います