婚約者から2年越しの“ラブレター”

すもも

2013年03月12日 00:00

「ヒロくんへ あれからもう2年…。早く帰ってきてください。皆、あなたの帰りをずっと待っています」

 東日本大震災の津波で町職員ら42人が犠牲になった宮城県南三陸町。防災対策庁舎の祭壇の花束にくくり付けられた手紙の表紙にこう書かれていた。

 震災から2年を迎えた11日、現地を訪れた気仙沼市に住む村上さんは手紙を確認して安堵の表情を浮かべた。その手紙は津波で流されて現在も行方不明の長男の婚約相手の女性が書いたものだった。

 夫によると、息子さんは県職員で南三陸町の県教育事務所で働いていたが、震災担当だったため、震災発生後に防災庁舎に詰めていたという。息子さんは婚約しており、その年の9月に式を挙げる予定だった。

「まさか息子が防災担当とは知らなかった。津波に巻き込まれたとは夢にも思わなかった」と。息子さんは震災当日は仙台市内の婚約者の家に泊まり、2日後に戻ってくるはずだったという。

 しかし帰宅せず、連絡もつかなかった。その翌日、職場からの連絡で防災庁舎で津波に遭い、行方不明と知った。それから半年後に葬儀を済ませたが、いまだに発見されていない。

 あれから2年がたった11日。夫婦は再び防災庁舎を訪れた。「早く出てこい」と思いを込めた。現在、庁舎をめぐっては、保存か解体で意見が分かれているが、「息子が最後にここにいたのだと思える場所。息子が出てくるまでは残してほしい」と話す。

 前日の10日、夫婦の元には防災庁舎を訪れ花を手向けたと、婚約者の女性から連絡が届いた。手紙も添えたと話していたが、「昨日からの強風で飛ばされたんじゃないか」と夫婦は気をもんでいた。何とか見つかった恋人からの“ラブレター”は中身を見ないで家にある息子さんの骨壺に保管するという。

「結婚間近で人生で一番幸せだったのに。結婚式を挙げさせたかった」。夫婦は悔しさをにじませた。

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/minamisanriku_tsunami/?1362986012

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