「夕焼け」~吉野弘~

すもも

2011年12月13日 00:00



いつものことだが
電車は満員だった。
そして
いつものことだが
若者と娘が腰をおろし
としよりが立っていた。
うつむいていた娘が立って
としよりに席をゆずった。
そそくさととしよりが座った。
礼も言わずとしよりは次の駅で降りた。
娘は座った。
別のとしよりが 娘の前に
横あいから押されてきた。
娘はうつむいた。
しかし
又立って  
席を
そのとしよりにゆずった。
としよりは次の駅で礼を言って降りた。
娘は座った。
二度あることは と言う通り
別のとしよりが娘の前に
押し出された。
可哀想に
娘はうつむいて
そして今度は席を立たなかった。
次の駅も
次の駅も
下唇をキュッと噛んで
身体をこわばらせて─― 
僕は電車を降りた。
固くなってうつむいて
娘はどこまで行ったろう。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで
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雨の日の朝、バスの中で優先席に座っている若い赤ちゃん連れのお母さんがいました。
朝、靴を履きながら『やっぱり左足がむくんでるわ』と思った私は、そのお母さんのお隣りに座りました。
私が座ると、少し座席の前に座り直した彼女は、コートの下をごそごそと触っていました。
『なんやろ?』と思っていたら、いきなり立ち上がるから『???』と思って見たら、そのコートの下に赤ちゃんの小さい足が動いていました。
『気にしなくていいから座って』と言っても『足があたるから』と頑なに立っていました。
見兼ねた別のおじさんが『後ろ空いてるよ』と指を指しました。
でも運悪く、バス停から沢山の人が乗り込んできて、それまでガラガラだったバスの中が満員状態になりました。
『私が悪いみたいやから座って』と腕を引っぱったけど、結局、彼女は『いいです』の一点張りで、結局はそんな事は知らないおじさんがとっとと座ってしまいました。
なんだか私も申し訳ない気持ちになったし、ちょっと悲しいなって思った。
彼女が言う『足があたる』ことだって、泣くことだって、それは赤ちゃんの仕事なんやないやろか?
そんな事を気にしなきゃいけないのかな?
確かに、満員電車で靴を履いたまま座席に上がったり新幹線の中を走り回る子供にはムカつく!
でもそれは、きちんと言えば理解できる年齢の子供に『子供だから』と甘えている親に対してだと思う。
ただ、赤ちゃんは泣いたり笑ったりしながら、大きくなるものだと思う。

まだ20代前半にしか見えなかった、若いお母さんの彼女に『甘えていいよ』と言ってあげたかったな。
みんなそうやって大きくなってんだし。
足があたって舌打ちするおっさんには「すみません」って謝っておけばいいんだし、せめて女性には甘えてみればいいのになと思った。
プクプクした頬っぺたの赤ちゃんを見て文句を言うなら、それは文句を言うほうが悪い。

昔、酒屋さんで仕事をしている友人の奥さんに赤ちゃんが生まれた時に『夜泣き大変でしょ?』と聞いたら笑いながら『赤ん坊は泣くのが仕事やから、そんなの大変じゃない』と言われました。
『泣くのは赤ん坊の仕事』当たり前の事を忘れてるところがあるのかな。と思った。

頑張ってね、お母さん。
でも、がんばりすぎないでたまには息抜きしていいよ。
そう言って、バスを降りた彼女に声をかけてあげたくなりました。

でも、私と違う方向に歩いて行った彼女には言えませんでした。
なんだか、小さい肩に沢山のものを背負っていそうな後ろ姿でした。

この事があったせいか、この「夕焼け」の詩を思い出しました

子育てを終えた人に聞いてみたら「足あたって、すみません」って言えばいいだけなのにね・・・と言っていて
私もその方が、楽になれるんじゃないのかな?と思いました

案外、人はそんなに気にしてなかったりするのかもしれないし。。。ね

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