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不思議な家

私が中学生の時にある日、父親が「家を買うっちゃったぞ」と言って家を買いました

うちの父のこの発言は色々な意味で我が家に波乱を起こしているのですが
その時も、家族に相談もなく「買ってきちゃった」なので、私は中学2年生の3学期という
ものすごく変な時期に転校する事になりました

私はどういう訳か、この家が大嫌いでした

いきなりの引越しに転校で、学校ではいじめに会うし嫌いで嫌いでたまらない家でした

この家のあった場所は、山を切り開いた新興住宅地で、父親がその家に決めた理由が「お城が見えて、川があって山があって、自分が子どもの頃に住んでいた田舎に似ていたから」という理由だったのですが、ただ山を切り開いただけで家しかないような場所だったので、スーパーもなくってとんでもなく不便な場所でした

どこに行くにも車がないといけなくて、母は40歳を過ぎて原付バイクの免許を取って、その後に車の免許も取りました。
私たちが入ったのが最初の集団でしたが、思ったよりも便利にもならなかったし、それ以降は、あんまり家も売れてないような雰囲気でした

その家に住んでいた時に、不思議なくらいにペットが亡くなりました

うちの家は親が動物や昆虫、爬虫類もOKの人だったので子どもの頃から
犬や猫、鳥、ハムスターにカメに金魚と色々なものを飼っていました

特に母親が鳥が好きだったので何羽も飼いましたが、この家で2年も生きた鳥はいませんでした
理由は猫にやられたりタマゴがお腹に詰まってしまったりと様々だけど不思議と長くは生きませんでした

その後、猫を飼ったのですがこの子も6年目にお腹に腫瘍が見つかって「明日は手術」という日に外に出たまま帰ってこなくなってしまいました

あと1匹、猫がいたのですがその子は24年くらい生きたのですが、最初は別の家にいて
その後は、後に引越しした家で生きたからかなって思います

私がまだその家に住んでいた中学生の時に、近所のお兄さんが自殺をしました

「東大受験に失敗したから」とバイクで堤防にぶつかって亡くなりました

今考えれば、その人が最初だったと思います

その後、弟の同級生のお兄さんが、やっぱりバイクの事故で亡くなりました
その家は男の子2人だけだったので、弟をいじめていた子がバイクの免許を取りたいと言った時に親が「バイクはダメ」と車を買ってくれたそうです

その彼も、車の事故で亡くなりました

その前に、私の同級生の男の子がやはり車の事故で亡くなりました
それを聞いた時は、まだ3人目だったけれど「よく亡くなるわ」と思っていました

でも、それはまだまだで、GW前に私のお隣の家の人が車を洗車していたそうです
母が「明日はお休みだから、ドライブにでも行くの?」と聞くと「はい」といっていたそうです

彼は、私と同い年だったけれど地元の中学・高校には行かないで私学に通っていたらしく
私は彼と1度も話した事がありませんでした

彼の車は、その頃とっても流行っていたソアラだったのを覚えています

次の日、母が泣きながら「お隣の子が亡くなった」と言うので、びっくりしていたら
高速道路で、彼だけが外に投げ出されて一緒に乗っていた彼女はほとんど無傷で助かったそうです

びっくりしていたけれど、その頃は車の事故で亡くなる人もいなくはない時代だったし
みんなが車の免許を持っているような場所だったので「そういう事もあるのかも」と思っていました

それから、私は家を出ていたので誰かが車の事故で亡くなったというのは聞いた事がなかったけれど、ご近所の旦那さんが車で人をはねてしまったという話はあったそうです

私が結婚する前に、一度、実家に帰っていた時に帰ってすぐに原付バイクに乗っていて車にはねられました
その時は、右手首を骨折しました

そして、その1年後には弟が同じ人にはねられました
弟は、左手首を骨折しました

姉と弟が同じ人にはねられるなんて・・・と思った

それから、しばらくして父親がまた「自分も家に帰ってくるような年齢になったけど、こんな不便な家には住めない」と、家を売って他の場所に家を買ったので、その家を離れることになったのですが、今考えても「よく死ななかったな」って思います

ほとんどの人が私と5歳くらいの年の差で5人も亡くなっています

うちの家は、2人共命は助かったけれど子どもが2人共亡くなった家もあるし・・・

何年かして、その家の近くを車で通ったことがあります

ふと家が沢山あるのに「寂しい場所だな」って思いました

その土地の裏側には、墓地がありました

あの家にいなくても家族はバラバラになっていたかもしれないけれど、
あの家じゃなければ果たして私は家を出て行っただろうか?と思います

少なくともその前に住んでいた家の時には、家族は上手くいっていたと思うし

母が新しく家を見つける時に「今度は、絶対にお父さんにはまかせられない」と言っていました

その時に「お父さんのわがままには、もう付き合ってられへんわ」と前の家の文句を言っていました。やはり母も私と同じ事を考えていたらしく「あの家は、ペットが長生きせえへん家やったわ」と言って、母が一番可愛がっていた猫の事を「あの子もあの家じゃなければもっと生きていたんかも」と言って悲しんでいました

あの家では他にも色々なことがありましたが、考えても不思議な家だったなって思います

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    2012年08月18日 Posted byすもも at 00:00 │Comments(0)その他

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