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手術から5年目。
今年は1度も7月3日を思い出さずに過ごしました
5年前の7月1日に入院した私は、3日に手術をしました
これが「5年目」ということなんだなって思った
今年は手術をしたことよりも色々な意味で「気になること」が多かったんだなって・・・
少しずつ病院から遠ざかることが「元気になること」なんだと思う
でも、それが何だかとっても複雑な気持ちにもなる
9月に5年目検診に行きます
最近、ずっと「再発の夢」を見ています・・・
ちょっと複雑な気持ちです
5年前の7月1日に入院した私は、3日に手術をしました
これが「5年目」ということなんだなって思った
今年は手術をしたことよりも色々な意味で「気になること」が多かったんだなって・・・
少しずつ病院から遠ざかることが「元気になること」なんだと思う
でも、それが何だかとっても複雑な気持ちにもなる
9月に5年目検診に行きます
最近、ずっと「再発の夢」を見ています・・・
ちょっと複雑な気持ちです
2014年07月25日 Posted by すもも at 22:00 │Comments(0) │がんとこころ
ブログを書くということ
ブログを書いていると色んな事を言ってくる人がいます
以前、ある政治家を養護するようなことを書いたら、速攻で卑怯なコメントがきました
あ~あ、こんな人もいるんだなって思った
先日、いつも読んでいるブログ友さんが書くのをやめてしまいました
私はその方のブログに励まされていたので、とても残念だなって思った
確かに色んな事をいう人がいる
その人のことを書いた訳でもないのに「きついことを書かれて読めなくなった」と言われたこともある
でも、正直なところその人は「がん患者」でもなく「がん体験者」でもなく「がん家族」でもなかった
そういう人に何を言われても、いいやって思った
ただ、がん患者にも色んな人がいる
ここまでするか・・・って思うくらい嫌な事をする人がいたりもするし
でも、それは体験者だからそうでないからでもなく、その人自身の問題の大きさに由来しているようにも感じた
それが「がん」という自分でどうにもできない病気になったことの怒りを誰かに向けているようにも思った
そんな時、私は「それでも誰か読んでくれる人がいる限り書いていこう」と思うことにした
患者が体験記を書くことは、ただ書いているだけでなく次に続く人のためになるように思っています
それは、本当は誰のためではなく自分自身のためでもあるように感じています
以前、ある政治家を養護するようなことを書いたら、速攻で卑怯なコメントがきました
あ~あ、こんな人もいるんだなって思った
先日、いつも読んでいるブログ友さんが書くのをやめてしまいました
私はその方のブログに励まされていたので、とても残念だなって思った
確かに色んな事をいう人がいる
その人のことを書いた訳でもないのに「きついことを書かれて読めなくなった」と言われたこともある
でも、正直なところその人は「がん患者」でもなく「がん体験者」でもなく「がん家族」でもなかった
そういう人に何を言われても、いいやって思った
ただ、がん患者にも色んな人がいる
ここまでするか・・・って思うくらい嫌な事をする人がいたりもするし
でも、それは体験者だからそうでないからでもなく、その人自身の問題の大きさに由来しているようにも感じた
それが「がん」という自分でどうにもできない病気になったことの怒りを誰かに向けているようにも思った
そんな時、私は「それでも誰か読んでくれる人がいる限り書いていこう」と思うことにした
患者が体験記を書くことは、ただ書いているだけでなく次に続く人のためになるように思っています
それは、本当は誰のためではなく自分自身のためでもあるように感じています
2014年07月22日 Posted by すもも at 00:00 │Comments(0) │その他│がんとこころ
5年ぶりの再会
久しぶりに5年ぶりに友人と再会しました
彼女とは私が告知された次の日に会ったきり、ずっと会っていませんでした
自分の中で何か変?と思っていても、まさかそれが「がん」になるとは思ってもいないし、告知されたからと言って、約束を変えるのは嫌だった・・・
いつもと同じ自分でいたい。そんな気持ちがあったのかも知れない
しかも彼女は、結婚したお祝いだったので余計に複雑な気持ちだった
がんになってから出会った人には、自分は「がん患者」ですと言えるけれど、それ以前の友人の中には、何だか中途半端に言う機会をなくしてしまって言えない人もいます
そのあたりが、とってもややこしい・・・
がんになったから、なっていないからといって友人関係が変化するとは思わないけれど、でも、何だかやっぱりなっていなかった時の気持ちで会って欲しいと思っている自分がいる反面、体調の悪さや色々な事を「気を使って欲しい」自分もちょっといたりする
そこがめんどくさい
今日会った友達は、会ってよかったと思った
この5年間、お互い色々なことがあったなって思う
そんな話をしました
古い友人だからこそ話せる内容もあるんだなって思った
がん友さんも大切だけれど、それだけでもない自分もいる
その両方がいてくれてこその私なのかな?って改めて思った再会でした
彼女とは私が告知された次の日に会ったきり、ずっと会っていませんでした
自分の中で何か変?と思っていても、まさかそれが「がん」になるとは思ってもいないし、告知されたからと言って、約束を変えるのは嫌だった・・・
いつもと同じ自分でいたい。そんな気持ちがあったのかも知れない
しかも彼女は、結婚したお祝いだったので余計に複雑な気持ちだった
がんになってから出会った人には、自分は「がん患者」ですと言えるけれど、それ以前の友人の中には、何だか中途半端に言う機会をなくしてしまって言えない人もいます
そのあたりが、とってもややこしい・・・
がんになったから、なっていないからといって友人関係が変化するとは思わないけれど、でも、何だかやっぱりなっていなかった時の気持ちで会って欲しいと思っている自分がいる反面、体調の悪さや色々な事を「気を使って欲しい」自分もちょっといたりする
そこがめんどくさい
今日会った友達は、会ってよかったと思った
この5年間、お互い色々なことがあったなって思う
そんな話をしました
古い友人だからこそ話せる内容もあるんだなって思った
がん友さんも大切だけれど、それだけでもない自分もいる
その両方がいてくれてこその私なのかな?って改めて思った再会でした
2014年07月21日 Posted by すもも at 00:57 │Comments(0) │その他
妊婦に抗がん剤、子どもに影響なし 乳がん患者を調査
妊婦に抗がん剤、子どもに影響なし 乳がん患者を調査
朝日新聞デジタル 7月8日(火)8時1分配信
胎児への悪影響を心配して日本では実施することが少ない妊娠中の乳がん患者への抗がん剤治療で、妊娠5カ月以降なら治療をしても赤ちゃんの健康には影響がなかったとする報告を聖路加国際病院(東京)がまとめた。14年間で34人が誕生し、これまで障害や異常などは確認されていないという。11日に大阪市で開かれる日本乳癌(にゅうがん)学会学術総会で発表される。
20~40代で乳がんになる女性は年間約2万人と、乳がん全体の27%を占める。妊娠中にがんが見つかる人も増えており、治療優先で中絶が選択されたり、妊娠中は治療せずにがんが進んだりすることも少なくないとみられる。
海外では一部の抗がん剤なら胎児に影響がないという報告も多く、積極的に治療をしている。日本乳癌学会の指針も、胎児が薬の影響を受けやすい妊娠4カ月以前は行うべきではないとしているが、5カ月以降は「必要と判断される場合には検討してもよい」とある。だが、がん専門病院には産科がないこともあり、聖路加国際病院に全国から妊娠中の患者が訪れるという。
朝日新聞社
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これを見つけて、よかった~と思った
子宮頸がんの患者さんの中には妊娠と同時にがんが見つかるということもあります
もしも、乳がんの方に大丈夫なら子宮頸がんの人にも使えるようになるかも?って思いました
今は色々な抗がん剤が認可されて体に負担の少ないものも多くなったと聞きます
がん専門病院でなくても大学病院のように産科もあるところで治療してくれればいいのになって思います
朝日新聞デジタル 7月8日(火)8時1分配信
胎児への悪影響を心配して日本では実施することが少ない妊娠中の乳がん患者への抗がん剤治療で、妊娠5カ月以降なら治療をしても赤ちゃんの健康には影響がなかったとする報告を聖路加国際病院(東京)がまとめた。14年間で34人が誕生し、これまで障害や異常などは確認されていないという。11日に大阪市で開かれる日本乳癌(にゅうがん)学会学術総会で発表される。
20~40代で乳がんになる女性は年間約2万人と、乳がん全体の27%を占める。妊娠中にがんが見つかる人も増えており、治療優先で中絶が選択されたり、妊娠中は治療せずにがんが進んだりすることも少なくないとみられる。
海外では一部の抗がん剤なら胎児に影響がないという報告も多く、積極的に治療をしている。日本乳癌学会の指針も、胎児が薬の影響を受けやすい妊娠4カ月以前は行うべきではないとしているが、5カ月以降は「必要と判断される場合には検討してもよい」とある。だが、がん専門病院には産科がないこともあり、聖路加国際病院に全国から妊娠中の患者が訪れるという。
朝日新聞社
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これを見つけて、よかった~と思った
子宮頸がんの患者さんの中には妊娠と同時にがんが見つかるということもあります
もしも、乳がんの方に大丈夫なら子宮頸がんの人にも使えるようになるかも?って思いました
今は色々な抗がん剤が認可されて体に負担の少ないものも多くなったと聞きます
がん専門病院でなくても大学病院のように産科もあるところで治療してくれればいいのになって思います
2014年07月10日 Posted by すもも at 00:00 │Comments(0) │ニュース・・・がん
女の敵はオンナ
ネットニュースを見ていて、気になる記事を見つけました
先日から、私も同じ思いをしていたので、載せました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
乳児の「お腹すいた」アピールはいつも突然だ。自宅や授乳施設のある店にいたなら問題ないが、公共の場所で泣かれて困ってしまったという経験を持つお母さんは多いのではないだろうか。カナダ・オタワのスターバックスで起こった授乳にまつわる事の顛末に注目が集まっている。
ジュリア・ワイクスという若い母親が5か月になる男児を連れてスターバックスに入店した。そのうち息子が泣き出したため、ワイクスはカウンターで授乳を始めた。その日の気温は39度に達しており、窒息の危険性を考慮してケープなどで覆うことはしなかったという。それを見咎めた中年女性が、店員に向かって「何なのよあれ! 気分が悪いわ! ちょっと何とかしなさいよ! やめさせて!」と大声でわめいたとか。
文句を言われた男性店員(19)は、女性にニッコリと微笑み「かしこまりました」と返答。追い出されるのかと戦々恐々としていたワイクスのそばへ近づくと、コーヒーを一杯サービスし、「次回、ご来店の際にお使いいただけるチケットです。今日はこんな不愉快な目に遭わせてしまって本当に申し訳ありません」と謝罪したという。
ワイクスが帰宅後、この出来事をHuffingtong Postの育児ブログに投稿すると、24時間後には全世界にシェアされる人気の話題となった。大量に寄せられたコメントには、10代でありながらスマートな対応をした店員の対応を称賛するものが多かったが、意外な反応も見られたという。「私を応援してくれる声もありましたが、多くは私を非難するものでした。衝撃的だったのは、そのほとんどすべてが女性から発信されたということです。大人の女性が、授乳に対して侮蔑的な視線を向け、見下していることを心から恐ろしく思います。女性に胸があり、それを使うのは自然なことなのでは」とワイクスは言う。
読み手の立場によってこの出来事の受け取り方は異なるだろう。「公共の場ではしたない」「赤ちゃんは時と場所を選べないのだから仕方が無い」「ケープぐらいはするべき」「店員の中年女性への嫌味はどうなの?」……唯一の正解は存在しない。日本でも少子化が危ぶまれる中、子育てに関する議論が活発になってきているが、日本人はこの話題をどう考えるのだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日の国会での「セクハラやじ」に対して、60代の女性2人と話していました
その時に2人が問題は、セクハラした男性ではなくされた女性に問題があるという事になって、私が「問題なのは、セクハラ発言をした男であって、女性ではないでしょ」というと、2人から「男社会にいるんだから、それくらいは当たり前で問題にするほうがおかしい。そもそも、あの女は私生活でも・・・」という話が出てきた
正直、あ~あ、まただ・・・と思った
「女の敵はオンナだね」と思わず、言ってしまいました
すると今度は、私に「そんなんじゃない」とつっかかってきたけれど・・・
私は子どもはいないし、結婚もしていないけれど、結婚しながら子育てしながら、会社で働いたりすると、子どもの事で休んだりすると一番気を使わなければいけないのは、同僚や上司の女性だと言います。
「私の時はこうだったのに、なぜできないの」とか、家族のサポートがあればあったで「私はサポートなくてもできたわよ。あなたはいいわよね」「子どもが熱を出しても休んだりしなかったわ」などなど・・・よほど人間のできた女性の上司でない限り一番きついことを言うのは女性という話しを聞きます
更年期で寝込んだりすると、姑から「更年期なんて怠け病だ」と言われて悲しかった。なんて話を年配の女性が言っているのを聞くけれど、本当に「女同士」って難しいって思う
そして、その時に言われたのは「なんでそんな事でいちいち気を使わなくてはいけないの。そんなのしたくないわよ」という言葉でした
きっと、これって嫁姑問題と似ているんだろうなって思った
自分が嫁の時は好きなように姑に言われてきた。だから、自分が姑になった時には気を使いたくないのよ。というのと、そっくりだなって思った。
でも、それって「気を使いたくない」なのだろうか?って思う
あのセクハラ発言に対する女性への批判は、全く関係のない私生活に関する批判だった。なぜ、そうなるんだろう?と思った。そして女性が女性を批判する時にはなぜか本題とは全く関係のない美人かどうかであったり、容姿の痩せてるか太っているかに向けられたりする。
同じ女性なのにな・・・
スターバックスの話は、機転の利く店員のお陰でいい話になったけれど、私の周りの話は私が悪者になって終わったって感じです。ちょっと、残念な気持ちです。
先日から、私も同じ思いをしていたので、載せました
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乳児の「お腹すいた」アピールはいつも突然だ。自宅や授乳施設のある店にいたなら問題ないが、公共の場所で泣かれて困ってしまったという経験を持つお母さんは多いのではないだろうか。カナダ・オタワのスターバックスで起こった授乳にまつわる事の顛末に注目が集まっている。
ジュリア・ワイクスという若い母親が5か月になる男児を連れてスターバックスに入店した。そのうち息子が泣き出したため、ワイクスはカウンターで授乳を始めた。その日の気温は39度に達しており、窒息の危険性を考慮してケープなどで覆うことはしなかったという。それを見咎めた中年女性が、店員に向かって「何なのよあれ! 気分が悪いわ! ちょっと何とかしなさいよ! やめさせて!」と大声でわめいたとか。
文句を言われた男性店員(19)は、女性にニッコリと微笑み「かしこまりました」と返答。追い出されるのかと戦々恐々としていたワイクスのそばへ近づくと、コーヒーを一杯サービスし、「次回、ご来店の際にお使いいただけるチケットです。今日はこんな不愉快な目に遭わせてしまって本当に申し訳ありません」と謝罪したという。
ワイクスが帰宅後、この出来事をHuffingtong Postの育児ブログに投稿すると、24時間後には全世界にシェアされる人気の話題となった。大量に寄せられたコメントには、10代でありながらスマートな対応をした店員の対応を称賛するものが多かったが、意外な反応も見られたという。「私を応援してくれる声もありましたが、多くは私を非難するものでした。衝撃的だったのは、そのほとんどすべてが女性から発信されたということです。大人の女性が、授乳に対して侮蔑的な視線を向け、見下していることを心から恐ろしく思います。女性に胸があり、それを使うのは自然なことなのでは」とワイクスは言う。
読み手の立場によってこの出来事の受け取り方は異なるだろう。「公共の場ではしたない」「赤ちゃんは時と場所を選べないのだから仕方が無い」「ケープぐらいはするべき」「店員の中年女性への嫌味はどうなの?」……唯一の正解は存在しない。日本でも少子化が危ぶまれる中、子育てに関する議論が活発になってきているが、日本人はこの話題をどう考えるのだろうか。
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先日の国会での「セクハラやじ」に対して、60代の女性2人と話していました
その時に2人が問題は、セクハラした男性ではなくされた女性に問題があるという事になって、私が「問題なのは、セクハラ発言をした男であって、女性ではないでしょ」というと、2人から「男社会にいるんだから、それくらいは当たり前で問題にするほうがおかしい。そもそも、あの女は私生活でも・・・」という話が出てきた
正直、あ~あ、まただ・・・と思った
「女の敵はオンナだね」と思わず、言ってしまいました
すると今度は、私に「そんなんじゃない」とつっかかってきたけれど・・・
私は子どもはいないし、結婚もしていないけれど、結婚しながら子育てしながら、会社で働いたりすると、子どもの事で休んだりすると一番気を使わなければいけないのは、同僚や上司の女性だと言います。
「私の時はこうだったのに、なぜできないの」とか、家族のサポートがあればあったで「私はサポートなくてもできたわよ。あなたはいいわよね」「子どもが熱を出しても休んだりしなかったわ」などなど・・・よほど人間のできた女性の上司でない限り一番きついことを言うのは女性という話しを聞きます
更年期で寝込んだりすると、姑から「更年期なんて怠け病だ」と言われて悲しかった。なんて話を年配の女性が言っているのを聞くけれど、本当に「女同士」って難しいって思う
そして、その時に言われたのは「なんでそんな事でいちいち気を使わなくてはいけないの。そんなのしたくないわよ」という言葉でした
きっと、これって嫁姑問題と似ているんだろうなって思った
自分が嫁の時は好きなように姑に言われてきた。だから、自分が姑になった時には気を使いたくないのよ。というのと、そっくりだなって思った。
でも、それって「気を使いたくない」なのだろうか?って思う
あのセクハラ発言に対する女性への批判は、全く関係のない私生活に関する批判だった。なぜ、そうなるんだろう?と思った。そして女性が女性を批判する時にはなぜか本題とは全く関係のない美人かどうかであったり、容姿の痩せてるか太っているかに向けられたりする。
同じ女性なのにな・・・
スターバックスの話は、機転の利く店員のお陰でいい話になったけれど、私の周りの話は私が悪者になって終わったって感じです。ちょっと、残念な気持ちです。
2014年07月08日 Posted by すもも at 22:10 │Comments(0) │その他
人のこころ
先日、友達からブログを「おも~~~い」と言われました
確かに。。。最近、ちょっと重いなって思っていたところだったので、反省。
先日提出していた、ピアサポートの院内サポートのレポートの添削が返ってきました
その中にトレーナーの方から、自分がサポートに入っている時の心得が書かれていて、それを読んだ時に、ここのところずっと自分が悩んでいたことの意味が少しわかった気がした
心理学を勉強している人と話しをすると、人の気持ちが手に取るようにわかっているような言い方をする人がいます。でも、それはあくまでも「自分の考え」であって、相手が本当にそうかどうかはわからないのに、まるでそれが正しいことのように、得意になっているのを感じることがあった
それは、自分自身のことでもあるし、私に向けられた言葉の時もある
先日、自分の人生の中でも5本の指に入るくらいつらいことを言われました
その人の言葉は、私にとってある意味、がんの告知と同じくらいの意味がありました
がんの告知は、私の未来を否定する言葉でした
そして、その人の言葉は私の過去を否定する言葉のように感じた
それくらい私には、自分を自分の人生を否定する言葉でした
そして、なぜそこまで私はその言葉を重く受け止めたかをずっと考えていました
それをトレーナーの方の言葉でわかった気がしました
トレーナーの方の言葉の中に、私たちは同じ病気を体験した者として相手の心に寄り添うという姿勢が書かれていました
相手に寄り添う姿勢を実際に感じるのは難しいですが、私はその方の院内サポートを見ていて医療知識がなくとも(実際には、その方にはありますが)できることはあるんだなと思うことができました
それは、相手が「この人に話してよかった」と思えること
それだけでも相手の心を軽くしてあげることができると感じることができた
でも、それを感じると同時に自分がそういう姿勢があるのかどうかと聞かれると「まだまだ」だなって思った
そして、私がずっと悩んでいたのは、私に言った人は私に寄り添う姿勢が全く無かったこと
私自身は、相手に言われて「してやったり」という気持ちを感じたということでした
そして、何よりも「話さなきゃよかった」と心から感じたということでした
自分が悩んでいることに対して、確かに解決して欲しいと思うことはある
でも、そこはあくまで友人としてだと思う
それ以上でも、それ以下でもなかった・・・
これから私はどうすればいいのかわからない
前と同じようにというのは、どうも難しいと思った
誰にも自分の中で絶対的な「価値観」というのがあります
自分には、どうしても許せないこと
それを平気でできる人で今も関係が続いている人はいません
どうすれば、いいんでしょうね・・・
確かに。。。最近、ちょっと重いなって思っていたところだったので、反省。
先日提出していた、ピアサポートの院内サポートのレポートの添削が返ってきました
その中にトレーナーの方から、自分がサポートに入っている時の心得が書かれていて、それを読んだ時に、ここのところずっと自分が悩んでいたことの意味が少しわかった気がした
心理学を勉強している人と話しをすると、人の気持ちが手に取るようにわかっているような言い方をする人がいます。でも、それはあくまでも「自分の考え」であって、相手が本当にそうかどうかはわからないのに、まるでそれが正しいことのように、得意になっているのを感じることがあった
それは、自分自身のことでもあるし、私に向けられた言葉の時もある
先日、自分の人生の中でも5本の指に入るくらいつらいことを言われました
その人の言葉は、私にとってある意味、がんの告知と同じくらいの意味がありました
がんの告知は、私の未来を否定する言葉でした
そして、その人の言葉は私の過去を否定する言葉のように感じた
それくらい私には、自分を自分の人生を否定する言葉でした
そして、なぜそこまで私はその言葉を重く受け止めたかをずっと考えていました
それをトレーナーの方の言葉でわかった気がしました
トレーナーの方の言葉の中に、私たちは同じ病気を体験した者として相手の心に寄り添うという姿勢が書かれていました
相手に寄り添う姿勢を実際に感じるのは難しいですが、私はその方の院内サポートを見ていて医療知識がなくとも(実際には、その方にはありますが)できることはあるんだなと思うことができました
それは、相手が「この人に話してよかった」と思えること
それだけでも相手の心を軽くしてあげることができると感じることができた
でも、それを感じると同時に自分がそういう姿勢があるのかどうかと聞かれると「まだまだ」だなって思った
そして、私がずっと悩んでいたのは、私に言った人は私に寄り添う姿勢が全く無かったこと
私自身は、相手に言われて「してやったり」という気持ちを感じたということでした
そして、何よりも「話さなきゃよかった」と心から感じたということでした
自分が悩んでいることに対して、確かに解決して欲しいと思うことはある
でも、そこはあくまで友人としてだと思う
それ以上でも、それ以下でもなかった・・・
これから私はどうすればいいのかわからない
前と同じようにというのは、どうも難しいと思った
誰にも自分の中で絶対的な「価値観」というのがあります
自分には、どうしても許せないこと
それを平気でできる人で今も関係が続いている人はいません
どうすれば、いいんでしょうね・・・