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転院をする~東京から仙台へ~

4月30日にステージが決まりました

1b1期、扁平上皮がんと腺がんとの混合がん、広汎全摘出手術で卵巣への転移はありませんが、卵巣は1つ取ります。腫瘍の大きさは1.5~2センチくらい。
リンパ節への転移はありませんが、リンパ節郭清しますという事でした。
そして、これが標準治療だからと言われました
私が「なぜ転移がないのに、リンパ節も卵巣も取るんですか?」と聞いたら、ただ1言「リスクを下げるため」と言われました。
そして、広汎全摘出手術だと自排尿ができない後遺症があるので、手術後しばらくは自分で尿を抜くこと。
それがきちんとできるまでは退院できないこと。を言われました
きちんと話を聞きたかったので、前回の予約の時に最後の診察にしてくださいってお願いしてたのに「まだ患者さんがいるから、あとは自分で決めてきてくれ」と10分くらいで診察室を追い出されました

転院をする~東京から仙台へ~

この紙けれ1枚を渡されて「どこで治療を受けるか決めてきてくれ」と言われました
それまで、私は実家のある明石のがんセンター(兵庫県立がんセンター)に行くか、東京なら癌研に行くか
このままこの病院で治療を受けるかという選択を考えていました

医師からは「GWがあるので11日に外来に来てください。その時にはどこに行くか決めてきてくれ」
と言われました。ほとんどの患者さんが医師から、治療方針の説明を受けると1週間くらいの短い間で決めてきてくれと言われます
例えば、早期の前立腺がんなどであれば、1:放射線治療、2:抗がん剤治療、3:手術の3つからの選択を言われます。医師によるアドバイスというものは、ほとんどないと言われています
この短い間で、自分で治療方法を決めなくてはいけないのは、患者にとってかなりつらい作業だと思います

その時に、友達に相談したら「なんでリンパ節郭清をしなきゃいけないの?」と言われました
「ええ?」「だって、明石はセンチネルリンパ生検してくれたよ」「なんよそれ?」
「センチネルリンパ生検をすると転移していなかったら、リンパ節を残せるんよ!」「まじで!」
「なんで転移もないのに卵巣もリンパ節も取るねん!リンパ節取ったら、リンパ浮腫になるんよ!」と言って、
最後に彼女が「なんで私が受けれた治療をあんたが受けれへんのよ!」って電話の向こうで叫びました
「そうや、明石で7年前にできた治療ができひんはずないわ!」と言って、それから必死になってセンチネルリンパ生検のできる病院を探しました

そして、伊丹病院の井熊医師の話を読んだりして、今の医学では1a1期におけるセンチネルリンパ生検はできるといいう事を知りました
でも、私のステージだと難しいという事。
そして、例の腺がんだとリンパ節郭清が望ましいという論文も見つけました
でも、私の中では自分は絶対に「扁平上皮がん」と決めていました
その中で、実は子宮頸がんが20年以上も治療方法が変わっていないという事も
乳がんなら確立されているセンチネルリンパ生検が子宮がん(子宮頸・体がん共に)では難しい事などを知りました
乳がんの治療は、今は2年で変わると言われているくらい進化していると書かれていました
それが、子宮頸がんは20年変わってないなんて!恐ろしい!って思った

転院をする~東京から仙台へ~

その中で1冊の本に出会いました。海老原 敏医師の「私ががんならこの医者に行く」でした
医師がもし自分が「がんの告知」を受けたら、どんな治療を受けたくてでどの病院に行きますか?という本です
その中で、仙台の病院の先生の治療を知りました
この病院であれば、1b1期でもCT・MRI検査で転移が認められない場合、扁平上皮がんであれば
術中迅速検査で手術中にセンチネルリンパ生検を行って、リンパ節が残せるという治療をしていました
子宮頸がんは実は後遺症がとても多いがんの1つだと言われています
リンパ節郭清によるリンパ浮腫、排尿障害・排便障害など、かなりつらい後遺症があります
そういうものをできるだけ少なくしようと治療されています
そして、早期で妊娠を望むのであれば妊孕能を温存した子宮頸部切除術もあります
「患者さんのQOL向上を目指して」と言われていました

仙台の病院の治療:
・婦人科癌 ―子宮頚癌・子宮体癌・外陰癌― センチネルリンパ節生検に基づく治療
・子宮頚癌-膀胱機能温存術式の展開
・子宮頸癌-妊孕能を温存した子宮頸部切除術

私が受けた治療は治験(臨床試験)です。
私には32人の仲間がいます。2006年から始まった治療なので5年生存率はまだありません
私と私の仲間が生きていくことで、これからこの治療が標準治療になると言われました


という事で、私は無事に転院する事になりました

その時にわかったのは、自分の言われた治療が「標準治療ガイドライン」というものにのっとった治療で
あるという事。これは、どこの拠点病院でも変わらないという事
ただ、今は治験という形でいろんな病院がいろんな治療をしているという事
セカンドオピニオンを受けるにしても、その事を理解して今の病院とは違う治療方針を持っている病院を見つけていかないと受けても意味がないという事
例えば手術を受けるか、放射線にするかで悩んだ時は自分が今通ってる病院の医師に「放射線科医とも話がしてみたいです」と言ってみるのも
セカンドオピニオンになるという事などを知りました
(これは転院先の医師に教えてもらいました)

その時に必要なのは、自分が退院後どういう生活を望んでいるか
そして、その治療によって起きる自分にとってのメリットとデメリットを書きだしてみること
これが一番大切だと思います

5月11日に都内の病院に「さよなら」するために行きました
診察室を開けたら医師に「決めてきたみたいだね」と言われました
「はい、仙台の病院に行きます」と言いました「へえ??」って驚いたように言われて
「センチネルリンパ生検も子宮を残す治療も膀胱機能温存手術もできます」と言いました
医師に「知らないな。危ない治療だな」と言われたけど、もう何を言われても平気でした
そして「先生、綺麗な字でカルテ書いてね」と言いました
「だって、超汚い字だし!」「おお、わかった!あっ、でも書くのはパソコンや」と言って大笑いしました
そして、地域連携センターに寄って転院の手続きをしてくれと言われて、転院のための資料を後日取りにくるように言われました
その時に先生に「先生、手術が終わったら帰ってきていい?」って聞きました
そしたら「嫌やだよ」と言われました。
これで、本当にこの病院ともこの医師とも最後なんだって思いました。
ここで「いいよ」って言ってくれたら、ちょっとはいい医師だと思えたかも知れないのになって思います

ちなみに私がその後、転院先の病院で受けた治療説明です↓

転院をする~東京から仙台へ~

色んな医師がいると思いました。そしてどちらも医師免許を持ち、患者を診ているという事です
そして、医師と患者の出会いは『一期一会』だと思います。
どんな時でも、相手を思う(この場合は患者ですが)姿勢というのは、必要なのではないでしょうか?
ただの紙切れ1枚で治療説明はできると思います
でも、この紙と一番最初の紙を比べた時に『あなたはどちらの医師にかかりたいですか?』
私には、この紙と同じようなものがあと2枚あります
何度も医師が確認をしてくれました『この治療でいいですか?』と。
一度私が『先生、私わかっているので大丈夫です。』と言ったことがあります
その時、医師から『それでも、きちんと説明するのが私たちの仕事です』と言われました
『当たり前の事を、当たり前にやる』ただ、それが今の医療現場では、とても難しいのかもしれないです

その後、前の病院の別の医師と話をする機会がありましました。
私があの病院では『手術説明も何もまともな説明がなかった』と言ったら
『そんな、うちで手術するかどうかわからない患者にきちんとした説明はしない』と言われました
つまり、それは私が診てもらっていた医師だけではなく他の医師でも同じだという事なんだと思いました
それって、怖くないですか?


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     告知 (2010-08-22 07:26)

    2010年09月02日 Posted byすもも at 00:00 │Comments(0)がんと診断されるまでの流れ

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