執着しない

NHKの100分で名著がブッダ「真理の言葉」の中で「執着」を取り上げていました
『こだわらないことにこだわっている私』としては、とても気になりました
ブッダは「何かに執着するということは、苦しみを生む」と教えています
でも、人は「執着」する生きものな気がします
人間関係、若さ、お金、物、子供、食べ物・・・
あげればきりが無い気がします
『貪欲に染まった人は
流れのままに押し流されていく
それはまるで
蜘蛛が自分で作り出した糸の上を
進んでいくようなものだ
一方賢者は
その貪欲を断ち切り
執着することなく
一切の苦しみを捨てて
進んでいくのである』
真理のことば 三四七
執着している人は自分が作り出した世界の中で自分を縛りつけてしまう
一方、執着していない人は色々なものを見て学んで吸収することができる
つまり「自分勝手な世界を作って執着することは意味のないこと」であると説いています
何かを言われた。感じたという事に対して本当は、どうでもいいような相手のはずの人や言葉に対して心が「囚われ」てしまう。それが執着なんだなって思った。
それは私もそうだと思うし・・・
『自分の救済者は自分自身である
他の誰が救ってくれようか
自分を正しく制御してはじめて
人は得がたい救済者を
手に入れるのだ』
真理のことば 一六〇
「年をとること」:番組の冒頭で、ケーマー王妃の話がでてきました
マガタ国のケーマー王妃がブッダに会いに行くことにしました。そのことを知ったブッダは神通力で自分のそばにケーマー王妃より数倍美しい美少女の幻影を座らせました。ケーマー王妃はそれを見て、「私の美しさなど、あの少女にくらべたら到底およばない。」と思いました。しかし、しばらくすると、少女は少し年をとり、成人に、さらに中年に、そしてしわだらけの老婆に変化し、最後には死体になって、死骸には蛆虫が群がって骨になりました。この一瞬の出来事に王妃はショックを受け、「人間の肉体は永遠に続くものではない。女性の美しさとは、なんとはかないものであるか。」と強く実感したのでした。
「若さへの執着」「美への執着」は、女性ならとてもわかると思います
1本の白髪だって「ショック~~

「うおおおおおお~~~~、いつの間にできたんじゃ~~~

体重計が恐ろしくて「見なかったことにしましょう。。。

お腹のぽっこりを見ると「ご飯食べたところだし~~」と言い訳をしてみたり・・・
でも、それでもなんだかいいと思ってしまう私です
といっても若い頃とは、随分と風貌も体重も変化してしまった私は、ずっと「若い頃の写真」を人に見せるのが嫌でした。先日も「私はどこにいるでしょう?」と見せたら、なぜか全く違う人を指差されてしまうという「いつもと同じ反応」でした。自分にとっては「そんなに違うかな?」と思うけれど、そうなんだなって思う
だから、自分の若い頃を知っている友人に会うのもためらっていました
でも、自分の病気がわかった時に久しぶりに神戸から来てくれた友達と会うことになりました
その時にお互い大笑いするくらいに変貌していました
学生時代の同級生だった彼は「お腹はでてるわ、はげてるわ」で「何がどうなったらこうなるねん!」というくらいに変化してました。
告知後、すぐだったから「私、実はがんなんだって」と言ったら「お前、死ぬんか?」と言われて「いいや、死なへんよ」と答えたら「ほな、よかった」って普通に言ってくれました
病気の事をどういえばいいのか悩んでいた時だったから、ごくごく普通に言ってくれたことがほっとしました。そして「死ぬんか?」と聞かれた時に、それまでは「私はどうなるんやろ?」と思っていた私が「死なへんよ」と言えたこともよかったなって思った。やっぱり彼は私の大切な友達だなって思った
それからは、若さに執着をしても、それは取り戻せないものなのだと思いました
でも、そのかわりに得たものも沢山ある気がしたし。
あるお母さんが教えてくれた事で面白いなって思う事がありました
小学校の高学年くらいになると、ある日、父親にとって娘がとっても眩しくなる日が来るそうです
父親にとっては、自分自身は老いていくけれど、娘の身体が女性らしくなるのを見て眩しく感じたそうです。そして、奥さんに「もう一緒にお風呂に入るのをやめよう」と言ったそうです
私には子供がいないからわからないけれど、その気持ちはなんだかわかると思った
高校生や大学生くらいの子たちを見ると「やっぱり違うな」って思う
若い人が、家にいないから自分と比較して実感する機会は少ないけれど、電車の窓ガラスに写った自分の顔を見たりすると「ひょえ~~

でも「年をとったから~~できない」って思うのは少し悲しい気持ちがします
年をとったから相手を労わってあげれたり、相手の気持ちを考えてあげたりする事も沢山ある気がします
そして、その人のテンポで楽しめばいいんじゃないのかな?って思います
確かに「ぽっこりお腹」や「ちょっと薄くなった後頭部」もあるけど「それもいいんと違う

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イラストは心理学の先生に頂いたのですが、すごく素敵だなって思いました
心理学を習っていて感じた事は、仏教(宗教)と心理学というのはとても似ている気がします
人の悩みはブッダの時代から何も変わっていないのだということなのだと思いました
内容は、ブッダの『いかだの教え』を表したものです
ある旅人が、目的の町まで行くのに川を渡ろうとしていました。旅人は川を渡るためにいかだを作りました。旅人はいかだを作るのにとても苦労をしましたが、なんとかいかだを作り、川を渡ることができました。さて、旅人は苦労して作ったいかだを目的の町まで持っていくでしょうか?それとも、せっかく作ったいかだをそこに置いたままにしていくでしょうか?
川の向こう側とは「彼岸」のことです
イラストの右下に教典があります。悟りをひらくためには、教典であっても執着してはならないということを説いているそうです
私ならどうするかな?って思った
いかだなら置いていくと思ったけれど、教典は持って行くかな
そして、少しは美味しいものを食べて飲んで快楽にふけってそう・・・・
まだまだです。。。

2012年04月05日 Posted byすもも at 00:00 │Comments(0) │がんとこころ
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