たまりば

多摩の地域情報 多摩の地域情報三鷹市 三鷹市

スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  

Posted by たまりば運営事務局 at

誕生日♪

誕生日です♪ face16  
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年12月14日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    あべこべさん

    会社の女性で、とっても「あべこべさん」がいます

    彼女は「女性も男性も同じように働くもの」と新しく入った人にも、自分の考えを強要しています

    そこは、まあ「そういう考えもあるのか」って感じでしたが、彼女の面白いところは「私は、服装には気をつかわない。洋服は、何でもいい」と言ったりしている割には、職場では考えられないような、かなりギリギリのミニスカートをはいてきたり、腕のところがシールスールーになっているような女性的な服装を好みます

    「女性的であること」を否定しているのに、服装は恐ろしく女性的な彼女。
    職場のほとんどが男性という中で、彼女のミニスカートは「私を見て」という、性的なアピールのとても強い服装です。スカートをはいているのは、彼女とうちのお局さまだけなので、彼女はうちのお局さまと張り合っているので(どうも、張り合っているのは彼女だけのように思える)それなら、パンツスーツでもいいんだろうけれど・・・

    ただ、色はシックな色が好みらしく青系と黒が多い

    そもそも、今の職場では今回、新しく人が来るまではスカートを履いているのが彼女とお局さまだけでした。私も含めて、ほかの人は全員、ズボンをはいています。

    施工部で綺麗な格好をしても仕方ないし~~、そもそもスカートはいても誰にもアピールできないし~~みたいな職場ですface07

    その中で彼女の格好は「これ以上なく、性的アピールの強い服装」でした

    あべこべさんの彼女は、ほかにも「私は誰にも期待をしないことにした」とか「誰にも頼まないで自分だけでやってきた」とか言っているのですが(彼女はバツイチで子どもが2人います)、明らかに新しく来た人に対して「期待をしている」し「助けてほしい」と態度で示しているのがわかります。そして「生理痛だから機嫌が悪いの」と言ったりしているし・・・女、丸出しだわって感じです。

    あ~~あ、素直に「助けて」と言えば可愛いのに。
    そして、お願いしたら「ありがとう、助かったわ」という言葉が言えればいい人になるのにな~と思いながら見ています。

    あべこべさんの彼女の言葉は「本当の気持ちの裏返し」ではあっても、聞いてる人には当たり前ですが伝わりません。だから、沢山の誤解を生んでいるし、相手を悲しい気持ちにしています。

    でも、新しく来た彼女が他の部の人にいじめられていたら庇ってあげていました

    「いいところあるやん」って思いました

    本当の彼女は、きっと優しいのかもしれないな~~なんて思ってますicon37
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年12月04日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    がんばらない。

    ここのところ、ものすごく忙しい私です。

    ついこの間、カラーの先生に「鎌田實先生ですよ」って送ったところだったのに

    土曜日にカラーの友達から「すももさん、がんばらない。」と言われました

    「みんなを信じたらいいんだよ。」って・・・

    そうなんやなって思う。でも、どうも生真面目な部分もある私。

    いつもは、結構、いい加減なんだけどな~~

    がんばらない。でも、がんばってしまう。

    難しいですface09  
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年10月26日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    お局バトル?

    今の職場に入ってしばらく、同じ部の女性とお昼を食べていました

    でも、何となく話があわないし「あまちゃん」も終わってしまったので(ランチを食べていた部屋にはテレビがあった)一緒に食べるのもめんどくさいな~って思って、自分の席で食べることにしました。

    正直、41歳とは思えない「お局っぷり」だし、ちょっとと思ってしまった

    その時に、彼女に言われたのは「どうしてCADオペの人ってすぐに辞めるの?」でした
    この場合、多くの理由は「忙しい時期だけ雇われている」という場合があります

    急ぎの図面があって、その期間だけ雇用されるという短期契約という時と後はプロジェクト間の雇用です

    私は後者の場合が多いです

    もし長期で雇用されている場合で辞めていくのであれば、それは企業さんに問題がある場合が多いんだけどなって思いましたが、こういう事をいう人もあまりいないなって思いました。

    でも、最近新しく入った派遣さんの話を聞いて驚いたのが、私の前にいたCADオペさんがお隣の部に配置換えで異動しているということでした。それを聞いて「ええ?すぐに辞めるんじゃなかったの?」と思った。そしたら、どうやら彼女とお局さまで何かあったらしく、異動した彼女は「お局さまにだけは負けたくない」と言っているそうです。

    へえ~~~~~~~って思った

    確かに、異動していった彼女は「男女平等に扱ってください」っていうタイプで、お局さまは電話にでると別人になって「何とかで~~~~。そうなんですか~~~~~~~」みたいな昔懐かしい「女を売りにしている」タイプです。いや~~思わぬ楽しみがあったもんじゃ。と思った私です。

    こういう場合、巻き込まれたら大変だけど遠くで見ている分には楽しいなって思った。

    「人の不幸は蜜の味」ではないけれど、なんか面白いなって思ってしまった私でした。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年10月26日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    言葉に振り回される人

    今、読んでいる『シロクマのことだけは考えるな』がとても面白い

    「ほんまでっかTV」の植木先生の本なのですが、本の中で3組のグループに1つは「シロクマのことだけ考えてください」と言います。もう1つのグループには「シロクマのことは考えても考えなくてもいいです」と言って、残りの1グループに「シロクマのことだけは考えないでください」と言います。この後、1年過ぎてから聞いてみると「シロクマのことだけ考えてください」と言われたグループと「どちらでもいいです」と言われたグループは、シロクマの事は考えてませんでした。反対に「シロクマのことだけは考えないで」と言われたグループの人は、ちゃんとシロクマを覚えていたそうです。

    なんて面白い~~~って思いましたface02

    本を読んで面白かったので、友達に「シロクマのことだけは考えないで」とメールを送りました

    ふふふ、一体、どうなるんでしょうか。とっても楽しみですicon37

    本の中で、ものすごく『腑に落ちたこと』がありました

    授業中に必死でノートを書いている人は、実は学校のお勉強ができなかったりします。あんなに一生懸命にノート書いているし、きちんと「ここは重要」なんてのまで書いてあったりします。それなのに・・・です。

    なぜか不思議だけれど、こういう人っている気がしました。ノートに書くことはただ、書けばいいのではないそうです。その場でメモすること、つまり「言語化」することで、かえって理解が浅くなってしまうことがある。メモ好きな人が必ずしも優秀でない理由はそういうことだそうです。

    一生懸命に書いているのに、とっても残念な話ですね。植木先生いわく「自分の“感情”をすぐに言語化してしまうと、心の深い所にある真の感情がわからなくなる」という事でした

    例えば「なんて、ひどい」とか「嫌い」など、感情ばかりが優先してしまう人は、自分自身で自分の本当の感情までも考えなくしてしまうそうです。それを『言語的隠蔽』というそうです。すごいわかるって思った。感情が優先している人って、同じ文章をメールを送っても「本当はここが大切なこと」と他の人はわかってくれるのに、全く違う内容の返事がきたりします。自分で勝手に言葉に反応して感情だけで返してくるので、いい大人がなんて子どもっぽい反応なんだろう??って思っていました。でもこの“感情を言語化する”というのを読んで納得しました。

    言葉を書くというのは、いい意味も悪い意味もあるんだと思いました

    私はこのブログを書くときに、病気に関してはすぐに書かないことにしています。もちろん、どうしても書きたいものもあるけれど、基本的には自分の感情がきちんと落ち着いてから。そして、友達に言われたことを書くときは特に自分自身が本当にそれを理解するまでは書きません。それは、相手を傷つけることになると思っているからです。相手の本当の気持ちを『理解したつもり』で書くことはできない・・・でも、本当に悩んで自分のものとして書いたものは、その時の本当の自分の感情を書いているということだと思います。だから何度読んでもその時の自分の感情を思い出してしまいます。

    それは、ピアサポーターには必要なものだと思いますが・・・

    基本的には、メモをとる時には、客観的事実だけを、できるだけドライに簡潔に書くことが一番いいそうです。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年10月04日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    矢印の方向

    友達と話していて、面白いことを聞きました
    会話を『矢印の方向』で考えるということでした

    A:この間、ディズニーランドに行って来たの
    B:私も行って来たの。OOに乗って楽しかったわ~

    一見、普通の会話に感じますが、実はこの場合Aさんが本当に話したかったことは
    ディズニーランドに行って来たことではなく、その後のことだったかもしれません
    もしくは本当に楽しかったことかもしれませんが、どちらにしてもBさんはAさんの感想は聞いていません

    Bさんは「私も行って来たの。楽しかったわ」とAさんの話を最後まで聞かずに話し出しています。この場合、Bさんの矢印の方向は自分に向っているそうです。気がついたら矢印が自分にばかり向いていた・・・

    こういう人って沢山いるように感じました

    私もこのタイプかもしれん。。。と、反省しました

    この場合、BさんはAさんの会話を最後まで聞いて「どうだった?」と感想を聞くと
    矢印はBさんからAさんに向っているということです

    そして、答えを聞いて自分の感想を言えば、矢印が両方向に向いてお互いに楽しい会話になります

    会話を矢印で考えてみる。ちょっと面白い発想でしたface02
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年10月02日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    めばちこできた

    昨日から右目の目頭のあたりが痛くなっていました
    なんか「痛いな~~~」「おかしいな~~」って思っていました

    そしたら、今朝顔を見たら「じぇじぇじぇ、めばちこできてる~~~face11

    あ~あ、なんでこんなんなってるねん・・・
    しかも、右目の上あたりでかなりの不細工。。。

    それで思い出したのが、子どもの頃「めばちこができたら、ツゲの櫛で畳の縁をこすって3回、目にあてるっていうおまじないがあったな~~」と言ったら、会社の女の子が「私の家では髪の毛を涙腺に通すと治るって言われていました」って言って驚いた

    でも、何でも試してみる私はちょっとやってみました
    下側のめばちこには確かに効きました
    ただ、すんごい気色悪いです・・・治るけど、あんまり進めません

    めばちこ・ものもらい・お姫さま・めんぼなどなど

    めばちこ、なんでこんなに色んな言い方なんでしょうねface14



      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年09月30日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    メルカトル図法



    仙台からの帰りの新幹線の中で備え付けの冊子に書かれた文章の中で『メルカトル図法』を見つけました。

    リス・スルメ・メルカトル図法。

    しりとりで勝つ方法は『メ』と書いていました。確かに『メ』って難しいかも???って思った。

    で、ふと思ったのが「メルカトル図法じゃないのって何やったっけ?」でした

    小学生の時のテストに2つが出てきて、私はメルカトル図法しか書けませんでした

    そして、考えてみたのが「もしも、ここで隣の若者(男)に『ねえねえ、メルカトル図法じゃないほうって何?』って聞いてみたら、絶対に忘れないかもって思った。

    う~~~ん、それっていい方法かも。恥ずかしい思いをして聞いたんだから忘れないかも。と思ったけれど・・・当たり前だけど、実行しませんでした。

    でも、なんでメルカトル図法じゃないほうってこんなに覚えられないんだろう??
    そう思って友達に「なあ、メルカトル図法じゃないほうって何?」って送ってみた。
    「モルワイデ?」と返信が返って来た。

    これで覚えられるかな・・・・face02


    メルカトル図法・・・地球表面のすべての部分の角度が正しく表されるので、図上の2点を結ぶ直線は等角航路となり、 羅針盤による航海には便利です。そのために海図に利用されています。

    モルワイデ図法・・・地球を楕円形にして、 北極/南極に近い地方の形のゆがみを少なくした図法ということが特徴です。主に分布図で使用されています。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年09月18日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    嘘をつく人

    少し前からとても気になっている人がいました。その人は私にとって『嘘をつく人』です。

    ある出来事から「なぜあの人は、すぐにばれてしまう嘘をつくのだろう?」と思った。昔、バイトで1人でレジ番をしていた時に「寸借詐欺」にあった事があります。交替でレジに入った時に、60代半ばくらいのおばさんが来て「さっき、レジでお金を払った時に1万円払ったのに5000円足りなかった」ということ。私は前のバイトさんが「1万円と5000円を間違えたのかな?」と思って慌ててレジから5000円を払いました。

    今考えると「まだ若かったのね~~」と思った。そういう人がいるとも考えていなかった私は、結局、バイト先でも「騙されたほうが悪い」的に言われて、自腹で5000円をレジに戻しました。バイトの私にしては「高い授業料」でしたface07

    今考えても人の善意を裏切る嘘って本当に嫌なものだなって思う

    「嘘をつく人」に出会う事がありますが、それって多分そういう人の善意を感じない人なんだろうなって思う。振込み詐欺にしても寸借詐欺にしても、友人関係での嘘でもついた人は覚えてもいないだろうけれど、嘘をつかれた人は多分、嘘をつかれたりお金を盗られた事よりも自分の善意の感情や一生懸命に心配していた気持ちなどを傷つけられた事が悲しくなってしまうのかな?って思った。

    私の母は、お金に対してうるさい人でした。私が友達と楽しく買い物をして帰って来ても「いいわね」とか「素敵ね」みたいに褒めてくれることはなく「いくらだったの?」とか言って「そんなに高いものを買って」という人でした。私としては自分でバイトして買ったものなんだから、自分の好きなものを買ってもいいやんって思っていた。せっかくの楽しい思いもなくなってしまうみたいな気持ちでした。そんな私は、母に面倒な事を言われるのが嫌で金額を少なくいうとか、小さい嘘をつくようになりました。そんな時に友達との買い物の帰り道に友達の家に寄ってから帰ることになり、その時、友達のお母さんが「あら、素敵ね」「似合うわね」と彼女が買ってきたものを嬉しそうに見ている姿をみて、ふと「いいな」って思った。

    私だって、お母さんにそう言ってもらえたらつまらない嘘なんてつかなくてすんだのに・・・と思った。その時に自分にそう言ってくれない母が嫌な人だなって思った。

    子どもは親から「嘘をついてはいけない」と言われて育ちます。私だってそう言われていました。でも、実際は文句を言われないように嘘をついてしまっていた・・・

    「嘘をつく人」も、きっと最初は「嘘はよくない」とはわかっていたけれど、それによって得るものが大きくなっていって嘘の上塗りをするようになっていったのかな?って思った。それは、寸借詐欺なら「お金」だし、不幸な身の上話をする人は誰かの「優しさ」や「同情という注目」なのかもしれない。または華やかな嘘、知り合いや身内に有名芸能人がいるや自分はお金持ちなどは「注目されたい」や「自分をよく見せたい」に「自分にないものに対する憧れ」なのかな?って思った。

    「嘘をついてはいけない」という気持ちと「嘘をつく」という気持ちは相反するものだと思います。ただ、それを自分の中で「やりたくない」って思えばそれは直せるものだと思います

    でも、例えば親から「嘘はいけない」と言われていた子どもがズルをしてでも結果を出すように言われたとします。本当はそこで「嫌だな」って思えばいいけれど、ズルをした事で親からとても褒めてもらったりすると「ズルしてもいいんだ」という考えが定着してしまいます。だって、ズルしたけれど親は褒めてくれるんだから・・・すると、その人にとっては「嘘をついてはいけない」というのもわかっているけれど、自分に都合のいい嘘は認められるという変な状態が起きるのだと思った。そして、普通の人なら「嫌だな」って思う嘘を平気でつくようになっていくんだと思った。

    ただ、そういう人に限って他人の嘘に対して「あの人、嘘つくから嫌なのよね」とか言ってやたらと拘っていたりするんだと思う。そして、他人の事は認められないけれど、自分の嘘には全く疑問すら持たないというヘンテコリンな現象が起きるんだと思いました。よく他人の遅刻は許せないけれど、自分の遅刻は平気っていう人がいたりするのはそれなのかな?って思う。「自分の事は棚に上げて」ってやつかな?そして、その事で人間関係が壊れているのにそれすら「相手のせい」にしているように感じました。

    カラーセラピーの認定を受けた後で先生から言われたのは『相手が何を言ったのかではなく、自分がどう受け止めたのか』が大切。「他者紹介」でも書きましたが、何気なくいった言葉で相手を傷つけることがあります。生きていればそんな事はあると思います。その時に「あの人がああ言ったから」ではなく、それを自分がどう感じたかが大切だと思った。それが今回の『嘘をつくこと』でした。

    私にとっては大嫌いな嘘を平気でつく人。そういう人を理解するのはとても難しいと思った。だって、自分はどうしても嫌なことだから・・・でも、それならなぜ私は『嘘をつく人が嫌いなのだろう』と考えた。

    多分それは嘘をつく人が「嘘をつくことに罪悪感を持っていないから」そして「それで何かを得ている(得ようとしている)から」かなって思った(私は)。そこには嘘をつかれて傷つけた相手のことなんて考えないで自分が得をすればいいというのが嫌なんだろうなって思った。これが6ヶ月以上考えて出した答えにしては、何だか『当たり前』すぎるんだけれど・・・

    先日、ずっとそういうのを考えていた私は自分にとってとてもいい話をしてくれた人に対して、嫌な態度をとってしまいました。「嫌な出来事」を考えている時って自分自身もマイナスモードになっている気がします。それで「もう考えるのはやめよう」って思った。ただ、自分の考えをまとめるためにも書いておきました。もっと時間が経つとまた違ったものが見えてくるのかな?って思った。そして、その相手に対しても違う考えが生まれてくるのかな?と思っています。

    そしてその人にも『相手の言葉を自分の事として受け止める』という事を考えて欲しいと思いました

    あっ、でも相手のためにつく『善意の嘘』や『優しい嘘』は別です。。。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年09月17日 Posted by すもも at 00:00Comments(2)その他

    ニッポンの警察~ありがとうございました~

    少し前に書いた家の前の道でスケボーする人について・・・

    今日、あまりにも疲れていて「今日こそは早く寝るぞ」と思ったのに
    またあの音が始まりました・・・

    今日はいつもより遅めの10時半から・・・もっと遅い時もあったんですが、ここのところ9時すぎというのが多かったから「しもた・・・もっと早く寝ればよかった」と思った

    で、頑張って布団に入ってみたけれど、やっぱりあの音はどうも眠れない・・・
    もうダメや・・・と1時間我慢して、110番してみた

    よくドラマなんかで「事件ですか?事故ですか?」と聞かれていますが、本当なんだと思った

    でも、事件でも事故でもない私は「すみません、苦情なんですがいいですか?」と言って、かれこれ1ヶ月以上、家の前でスケボーの練習をしている人がいて、音が大きくて困っていると言いました

    そしたら「わかりました。住所を言ってください」と言われ「すぐに警察官が行きますので」と言ってくれました

    5分もしないうちに、ちゃんと警察官が来てくれてスケボーの人はどこかに帰っていきました

    こんなに簡単に解決するなら、早く電話すればよかった。とも思ったけれど、やっぱり110番は「事件か事故」が優先だと思うから、いったいどれくらいしたら電話してもいいんだろう?と思った

    私の場合は、1ヶ月以上はすぎていたし、時間も1時すぎから始まる時もあったので、さすがにいいかな?って思ったけれど・・・

    ついつい不祥事があると、文句言ってしまうけれど警察の人には感謝しなきゃいけないなって思った

    ほんと、これでやっと眠れます。ありがとうございましたicon37
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年09月09日 Posted by すもも at 23:55Comments(0)その他

    ありがとうございます

    先日、ある方にメールをしました

    かれこれ多分、2年は連絡をしていなかったような気がするくらいの大無精者の私ですが・・・
    その方から「ブログ、見ています」という返信を頂きました。本当に嬉しかったです。

    このブログを始めた時は、見てくれている人もいないし「これって頑張って書いてる意味はあるんやろか?」と思っていました。でも、それを友達に話すと彼女が笑いながら「毎日、自分が何人と話しているか考えてみ。たぶん、そんなに沢山の人とは話してないやろ。でも、ブログは見てくれている人と会話をしているようなものやん」と言ってくれました。そして「頑張って書いていけばいいんよ」と悩んでいた私の肩を押してくれました。

    確かに今日だって、私が話したのは5~10人くらい??う~~ん、10人はいないかも。毎日、そんな感じの生活かなって思います。

    そう考えたら、こんな私のブログでも読んでくれている人がいるってすごいなって思う。かなりの悪態だってついているし、文章も「あ~あ、誤字や」とか「なんか変な言い方?」なんてUPしてから思うことも何度もあります。その都度、ちょこちょこ直してみたり、友達の言葉なんかは読んでもらって「違うよ」と言われて直したりと・・・同じものでも、早いもので次の日、数日、数ヶ月すぎてから直してたりもしています。

    ただ、自分の中で決めているのは「嘘はつかない」ということ

    どんなに綺麗な言葉で書いていても自分が思ってもいないことや嘘をつくのは嫌だということです

    1つ嘘をつけば、必ずその嘘を隠すためにまた「嘘をつく」それだけは嫌だと思う
    確かに「今はこう思っています」と書いていてもそれが数日、数ヶ月過ぎれば「あの時とは違う自分」がいたりします。それが結果として嘘になる場合もあるけれど、それはそれ。って思う。その時、自分は一生懸命に考えて書いたんだしって思えるように書いているから・・・

    だから、どんな事でも自分が納得して書くということも自分なりのルールです

    そして「がん最新治療」で紹介しているのは「自分が気になったから」で何でもではありません

    たとえ最新治療でも自分が興味が湧かなかったり、ふ~~んって思うのはほとんど乗せてません
    なので、私のは「食べ物」とかが多いです。食べ物で何とかなってくれるんやったら、食うわいって思う。

    先日のナッツなんて、早速買って会社の机の中に入れています
    他にも「コーヒー1日、1杯」というのを読めば、毎朝、しっかり買って飲んでるし・・・

    ほんと単純な患者です。
    でも、そんなのでいいのかなって思っています

    ブログだからといって、まるで別人のようになる必要もないし自分らしく書いていきたいと思っています

    それが最後のルール「違和感のないように書く」こと

    リアルの私とブログの私は正真正銘同じ人ですicon01

    これからも頑張って書いていきますyotsuba
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年09月04日 Posted by すもも at 00:00Comments(2)その他

    人に迷惑をかけなければ・・・

    最近、家の前の広い歩行者用道路で早い時間で夜の10時すぎから遅い時では夜中の1時くらいからスケボーの練習をしている人がいる…。

    ただ滑っている時にはそんなに音はしないけれど、止まったり方向を変えたりする時にガチャン、ガダンと大きな音がする。しかもここ何日かは方向転換の練習日らしく、ずっとガタンガタンという音ばかり1時間以上しています。

    気がつかないで寝てしまっていればいいけれど、起きてる時に始まるとなかなか眠れない。

    それ以外にもうちは大きな道ではないけれど、人通りが多い道に面しているせいで、
    夜中の騒音がかなりあります。

    それは車の音ではなく、むしろ人が出す大きな話し声や歌に口笛といったものです。

    先日も暑いな~~と思っていたら、道から大声で話す声が・・・
    しかも、話の内容までしっかりと聞こえてきました。

    男性が明らかに「別れ話」とわかる内容を携帯電話で話していました。男の人は別れたくないのに、いきなり彼女に別れ話を切り出されてびっくりしたのね…。と私が心配してしまうような会話でした。

    こんな話、家に帰ってからにすればいいのに…でも、帰り道に彼女から電話がきて話してみたら別れ話で立ち止まってしまったんだろうね。と思ったけれど「そんなの俺は認めない」「お前とは別れない」なんてみっともないことを大声で話している姿はそれはそれは100年の恋も冷めてしまうわ………と思ってしまった。しかもこういうのって私は以前にも聞いたことがあると思った・・・まさか同じ人ではないだろうけど。

    人に聞かれたら恥ずかしくなるような内容をこんなにはっきりと赤の他人さんに聞かれてしまうなんて…
    なぜ1言「今、外だから家に着いたらこっちから電話するよ」って言えないんだろう??と思ってしまった

    そして、こういう人たちがなんでこんなに多いのだろう?と思った。夜中に大声や騒音を出さない事なんて「当たり前」だと思う。でも、そんな事も当たり前じゃなくなったんだなって思いました。

    そしたら、ふと思いついたのが「人様に迷惑かけなければ自分の好きな事をやってもいい」という教えでした。

    うちの親も私によく言っていました。

    でもそこには必ず「人様の迷惑になるようなことはするな」と「自分の事は自分で責任を取れ」という躾をしてから言っていたような気がしました。ドラマなんかで若い高校生くらいの子が「誰にも迷惑かけていないだろう」と言ってぐれているなら多少は可愛さもあるけれど、スーツを着たいい大人が常識はずれのことをしてそれを言ってもただ「恰好悪い人」でしかないと思うんだけどな・・・。そして自分の都合が悪くなったら「自分の好きなように生きればいいのではないでしょうか」と伝家の宝刀のようにいう人・・・。

    なんか私が「おばさん化」していっているのか、ちょっとヘンテコリンな世の中になっているなって思う今日、この頃でした。そして、今日もまた「ガチャン、ガチャン」と2日続きのスケボーの音がしています。

    あ~~あ、また寝不足になる・・・icon_maro06

    追伸:

    このブログで書いたせいか、次の日は50代くらいの女性の大声でした

    「自分の思い通りにならないからって私に文句を言わないで」とか「あなたは何でも自分のいう通りにしろっていうのよ」と電話の向こうの相手に怒っていました。そしてどうやら、相手に電話を切られたみたいで「なんで電話を切るのよ」「あなたはいつでもそうなのよ」と叫んでいました・・・

    いやいや・・・そりゃそのでかい声じゃ切るでしょ・・・と思ってしまった私でした。

    もう若者だけじゃないのねとつくづく感じてしまいましたface07
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年09月03日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    母の娘

    宇多田ヒカルさんのコメントを読んで感じたのは、なんときちんとした文章を書く人なのだろう。ということでした。「なぜ彼女は自ら命を絶ったのか」ということや「家族はどうしていたのか」そして「今の自分の気持ち」と全てのことが誰が読んでも納得できるものとして書かれていると思います。これほどの文章をこのつらい時であっても書けるということが、改めて彼女が曲だけでなく言葉で生きている人なのだと感じずにはいられませんでした。
    ・・・・・・・・・・・・
    誤解されることの多い彼女でしたが…
    とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。

    悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
    ・・・・・・・・・・・・
    彼女の文章を読んでいると、彼女がまるで母を自分の子どものように感じているかのように思えました
    本当は自分自身が母親から守ってもらうはずなのに、いつからか彼女が母を「守ってあげなくては」と思っているのがわかります。それは、金銭的にも精神的にも母を支えていたのだろうと想像しました。

    数年前に藤圭子さんが自ら望んで受けたインタビューというのを見た時に、歌への熱い思いや今の音楽界への不満を語られていました。

    そして「誰かのために・・・」とずっと歌を歌っていたというインタビューを見て、最後は自分のために歌って欲しかったなって思いました。自分の好きな歌を自分自身のために歌って欲しかった。そしたら、こんな最期ではなかったのかもしれない・・・と思いました。

    岡本敏子さんが岡本太郎さんが「自分は岡本太郎として生まれたのではない。岡本太郎になったのだ」と言っていたというのを思い出しました。きっと藤圭子さんも「藤圭子として生きて、最期は藤圭子として死んでいった」ように感じました。

    人は自分自身で自分になるのだと思います。どう生きるかも自分で選んでいるのだと思った。

    ・・・ご冥福をお祈りします。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年08月30日 Posted by すもも at 06:30Comments(0)その他

    中学1年の夏休み

    今でも夏休みになると思い出すことがあります

    中学生になって初めての夏休み。
    1学期の最後の何日間かだけ教室の廊下に原爆の写真が貼り出されました

    まるで木が雷にでも打たれて真っ黒に焼け焦げたように見える人の遺体
    ほとんど廃墟と化したヒロシマとナガサキの町。
    そして体中が焼け爛れた少年や少女・・・

    なぜこんな写真が貼り出されているのだろう?と思った

    夏休みの前だし、きっと休み明けに何か聞かれるのかな?って思った私は
    その夏休み、図書館でヒロシマとナガサキの事を書かれた本を読みました

    戦争のものは残酷な描写。といえばそうなのかもしれないなって思います
    確かに私も読んだ後で、怖くて怖くて仕方がなかったし。

    そして、子どもはある部分で残酷な1面を持っていると思います。
    それはなんでもかんでも「見てはいけない」という大人が思うよりも、もっと好奇心で残酷な場面ですら見ている気もします。でもだからといってそれがただの残酷なものだけではなく「知らなくてはいけない事実」だと思った

    結局、夏休みが過ぎて学校に通い始めても先生は写真のことについて触れませんでした

    その後、高校生の時の仲の良かった友達のお父さんがヒロシマで被爆していたこともあったりとヒロシマは私には身近な出来事でした。そして、ナガサキで出逢った見ず知らずのおばさんに言われた「原爆病院に検査に行くのよ。年に1回検査してもらうの」という言葉・・・。ヒロシマやナガサキは決して、私にとっても遠い過去の出来事なんかじゃないのだと思った。

    今考えて、中学生の時に先生が何も言わなかったことが私にはよかったように思いました

    あの時「平和の授業」として考えるよりも、大人から何も言われないことが自分の中で「答えの出せない問題」だと思って戦争のことを調べていくきっかけになったように思います。

    今の大学生の中には原爆の事を「戦争を終わらせるためには必要だった」と考えている人たちがいるそうです

    被爆国でもある日本という国に、原爆を落とした人たちと同じ考えを持っている人がいて、それが間違えているとも思わないということが驚きでした

    戦争になれば人は何でも・・・どんなことだってするんだということ

    そして例えそれがどれほど残酷な兵器であっても使いたくなるんだと思う・・・原爆だって地雷だってサリンだってマスタードガスだって焼夷弾だって兵器は同じなんだと思います。人を傷つけるために生まれたものなんだから。そして、それを使う時にはその人たちだって人のココロを持たない兵器と化すのだと思う。

    そしてそれこそが、戦争なんだから・・・

    私は中学1年生でした。12歳です。

    子どもは本当に大切なことは、理屈でなくココロで知っている気がします。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年08月27日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    仙台七夕祭り



    宮城の友達が久しぶりに七夕祭りに行ったから。と送ってくれました

    下の部分は、折鶴になっています。
    この七夕が終わるとすぐに来年のを決めて1年かけてこの飾りを作るそうです

    すごい・・・

    来年は見に行きたいな~~face02
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年08月09日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    麻生副総理の問題発言・・・

    麻生副総理、「ナチス」発言を撤回

    麻生太郎副総理兼財務相は1日、憲法改正に絡み戦前のナチス政権を引き合いに「あの手口を学んだらどうか」と7月29日の都内での講演で発言したことについて、「誤解を招く結果となった」と撤回した。麻生氏は今年1月には高齢者などの終末期医療に関し「さっさと死ねるようにしてもらわないと」などと発言して即日撤回。半年で2度目の“撤回騒動”に与野党から非難の声が上がった。

    この日午前。財務省で記者団に囲まれた麻生氏は、手にした1枚の紙を読みあげた。憲法改正をめぐる議論の重要性を強調するためにあしき例としてナチスを引き合いに出したとした上で「私の真意と異なり誤解を招いたことは遺憾である」と釈明。「ナチス政権を例示として挙げたことは撤回したい」と明言した。

    事の発端は7月29日。都内での講演で「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか(ナチス憲法に)変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか。国民が騒がないで、納得して変わっている。喧騒の中で決めないでほしい」と述べていた。

    憲法改正をめぐる麻生流ブラックジョーク。だが、特にナチスに敏感な海外から非難を浴びる形となった。ユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」は30日付の声明で「どんな『手口』を学ぶ価値があるのか」と激怒。31日までに真意を説明するよう求める声明を発表した。麻生氏は米国の批判が拡大しつつあることを懸念し、撤回によって早期の火消しを図ったとみられる。麻生氏は2008年の自民党幹事長時代にも、民主党をナチスに例えるような発言をして物議を醸したことがある。

    麻生氏は今年1月にも、高齢者の医療問題に関して「政府のお金で終末期医療をやってもらうのは、ますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしないと」と発言。安倍晋三首相に説得されて即日撤回したことがあった。

    たった半年で2度目の発言撤回騒動。菅義偉官房長官はこの日の会見で「辞任にはあたらない」としたが、参院選の大勝で盤石となったはずの安倍政権のアキレス腱になりかねない。

    スポーツ報知 8月2日(金)7時4分配信:
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130802-00000037-sph-soci

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    私はブログの中で政治的なことはあまり書きたくないと思っていました

    人それぞれに信じているものがあるし、昔、スナックのママさんに言われたのは
    酔っている人と話してはいけない内容が3つある。それが『政治と宗教と野球』だそうです

    今回私は、麻生副総理のこの発言に対しては「もうちょっと考えて話してよ・・・」と思ったけれど、ただ、気になったのは麻生グループといえば病院経営もしていたはず???

    検索してみると、やはりありました。

    その中で『医療の質と健全経営を両立した病院運営と、魅力を持った病院事業人材の育成、周辺ビジネスまで含めた総合的な取組みで、地域から求められる医療を提供できる病院運営・経営を確立します』と書かれていました。

    以前、患者さんから「麻生さんと安倍さんは、がん患者さんにとって必要な医療を目指している」と聞いたことがありました。麻生さんは病院経営の立場から患者のための医療。そして、安倍さんはお父さんをがんで亡くした家族の立場から患者のための終末期医療を目指している。と聞いたんだけれど・・・

    この発言の前後や真意はわかりません。

    ただ私としては、患者さんが言われていたような志を持った政治家であって欲しいと思いました。
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年08月03日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    最近のお母さん?

    先週の土曜日に洋裁のお稽古に行ってきました

    その時に、私がネットで見つけたイチゴ柄の布を「お孫さんに何か縫ってあげて」と先生といつも一緒になる生徒さんにあげました

    いつも一緒になる70歳の方が、先日、孫に作った洋服をあげた時に孫に「私、イチゴの柄がいいの」と言われて「これって気に入らないって事なのかしら。何だか嫌な言い方をする子どもだわって自分の孫なのに思ってしまったの」と話していました。私が「OOさんは、男の子しか育ててないからそう思うけれど、女の子と男の子を育てた友達なんかは『女の子は生まれた時から女みたいなのよ』って言ってたよ」というと「そうかも知れないわ~~。私、男の子ばかりだったから子どもがそんな事をいうなんて嫌な子って思ってしまったのよ」と。。。私が「今回はイチゴ柄だから、喜んでくれるんじゃないの?」と話していましたが、その時に先生と「でも、そういうのってやっぱりお嫁さんが言っているのを聞いているのよね」と言うことになって、その後はお嫁さんの話になりました。

    お稽古の方は、先日、孫がマイコプラズマ肺炎で入院していた方で、その時にお嫁さんと交替でお孫さんを看ている時に孫がぐずって「お薬飲まない」「水を飲まない」「ご飯は食べたくない」といって何もくちにしませんでした。熱もあるし風邪みたいだし段々と弱っていくのがわかって、おばあちゃんであるその方がお嫁さんに「薬のまさなきゃ」とか「お水のまさないと脱水症状になるわよ」と言ったのですが、お嫁さんに「そんな嫌がる事をしたら、嫌われるからできない」と言われたらしく「それよりも命が大切でしょ」と思ったんだけれど「病気なのに嫌われるからできないなんて言われたら何だか馬鹿らしくなって何も言わなかったのよ。そしたら、やっぱり脱水症状で入院して4日間も点滴に繋がれて身動きできないなんて、そのほうが可哀想じゃないって思ったのよ。でも、親なのに『子どもに嫌われたくない』ってどういうことなのかしらね」と言われていました。

    少し前にある芸能人のママタレさんが、悩み事として旦那さんであるお笑い芸人さんに「私が子どもを怒る時に一緒に怒ってくれない。私だけが悪者になるから嫌。一緒に怒って欲しい」と言っているのを聞いて、驚いてしまいました。母親と一緒に父親が怒ったら、その家の中で子どもの味方はどこにいるんだろうって思った。

    「子どもに嫌われたくない」という気持ちはわからなくはないけれど、でもそれって子どもを自分の子どもとして扱っているのではなくてお友達か何かみたいだなって思った。友達から嫌われたくない。仲間はずれされたくないって言っているのと同じみたい・・・って思ってしまいました。

    お稽古のおばあちゃんは、今時のおばあちゃんらしく自立したタイプの人で言いたいこともきちんと言っているようで最初のうちは先生も私も「何だか孫が可愛くないみたいだよね」って話していたのですが、最近はちょっと違った見方をしています。お嫁さんは1度だけ会ったことがあるのですが、どちらかというと地味なタイプの人で年齢も36歳くらいと若くもないんだけれど・・・。子育ては、なんだか今どきのお母さんって感じだなって思いました。

    私は子どもがいないから子育てにとって、何が正解なのかはわかりません

    ただ、今回はお孫さんも脱水症状もそんなには重症でなはかったけれど、もしもそれでもっと重篤な事になったとしてもお母さんは「子供が嫌がったから与えませんでした」っていうのかな?って思った。それって子どもの自己責任ってことなの??
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年07月30日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    自分の価値観



    ほんの半年くらいの間だけれど、色々な事を考えました

    それは人と向き合うためには、自分が自分と向き合っていかないといけないと思ったからです

    その時に、自分が一番大切にしていることがわかった気がしました(つい2週間くらい前ですが)それを思い出したのは、もう20年くらい前に言われた友人からの言葉です

    それは『ブルセラ』という言葉と高校生が下着を売っているというのが社会問題になっていた時です
    私が友人に「なんであんなことするんやろな?」と言うと、彼女が「すももは知らんけど、私らが高校生の時にもあったんよ。私、OOちゃんに3枚1000円で下着買ってきて売ってと頼まれたもん」と答えました。驚いた私が「えっ?そんなん私知らんで」と言うと、友達が一言「誰も、すももには言わへんよ・・・」と言うから、もっとびっくりした私が「そうなん?なんで??」と聞いてみると「だって、すもも怒るやろ?」というから、ちょっと考えて私が「そうやな、きっと怒ってるよな」というと「それに、すももなら言うたOOちゃんも怒ったけど、きっと私の事も怒ったやろ?」と言われて、確かに・・・と思った。

    そして「すももが怒るのはわかるけど、やっぱり怖かったもん」と私にいえなかった理由を教えてくれました。自分もよくないと思っているのを怒られるし私が正しいのもわかる。でも、やっぱりOOちゃんの事も大事だし。と言って「でもちゃんと、断ったんよ私」といっていました。

    この時の私の『どちらにも怒る』というのは、自分の価値観の大きな部分を占めている気がしました。
    これに到った経過も全て思い出しました。それは、かなり複雑な中学時代の思い出と引越しした先の同級生からの『いじめ』だったり書けない内容も多いので書かないけれど、その時に『いじめ』の対応をした教師に対して、転校前の学校の先生との対応の違いに不信感を持って全ての教師が同じではないというのもわかりました。

    そして、その時に自分の中で考えたのが先生と呼ばれる人が偉いのではないという事でした。
    たった15歳だったけれど、その年齢の私が決めた信頼できる『大人』の基準は

    ・人に対して公平であること
    ・職業に対して誠実であること

    でした。
    人に対してというのは、大人だから子どもだからという区別のない人であること
    職業に対して誠実というのは、医師であっても教師であっても会社員であっても当てはまるように感じました。この基準は今でもずっと変わらないからいい加減な私がある部分では「しっかりしている」ように思われているのかな?って思ったりします。

    でもこの事は友達が言ったように相手にきつい事もあります。私は『事実』でいうので言われたくないと言った人もいるし、それで私から離れていった人もいるので、それは私も「ちょっときつかったかな・・・」ということがありました。その事をカラーセラピーの先生に話したところ「それは、受け取る側の問題」といってくれました。自分にとって厳しい事を言ってくれる人が必要な時もある。むしろ私くらいの年齢になると私の事を思って言ってくれる人が少くなってしまった。と教えてくれました。

    ついついきついことを言ってしまう私としては「それでも自分らしく公平に誠実に」と思っています。  
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年06月05日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    先生を選ぶ権利はないのか。

    ニュースで東京都調布市の女性教師が小学2年生の児童に暴言を吐いていたというのを音声入りで見ました
    「なんて人としてのレベルが低い子どもたちだろう」「お勉強ができない人は字を書くのも下手」という小学生に言う言葉じゃないでしょう・・・というのもから、給食を食べるのが遅い児童に対しても「1人前もらうのやめてくれるぅ? Aさんの少なくしてくれるぅ? いつも迷惑だから……ねえ、みんな!」「はい!」(児童たち)「迷惑だよねえ……」とクラスメートにまで強要するような発言など驚きの連続でした。かなり前から「モンスターペンレント」の存在は言われていますが、教師もなかなかだな・・・と思った。

    確かに「暴言」まではいかなくても、私が小学生の時も色んな先生がいたと思います。今でも忘れられないのは、小学3年生の時に隣のクラスと一緒に音楽会の練習をするということで、お隣のクラスに行った時のことです。たいして話をしていなかったのに(私の記憶ですが)、急に男性の先生が怒って「静かにできないなら1人ずつ出てこい」と怒って何名かが黒板のところに立たされました。その後、なぜか話をしていなかった生徒も全員が並んで黒板で使う1mもある木の定規でお尻を叩かれました。まだ3年生だったし怖くて何名かが泣き出していると「泣くなicon_bikkuri」と怒鳴られるし、私の担任の先生は1度も手を上げることも定規でたたくこともない先生だったので、うちのクラスの生徒は叩かれるという恐怖で隣の子と手を繋いで静かにしました。

    今考えたら、それって動物みたいな扱いだなって思う

    その後も何回か音楽会の準備でお隣のクラスと一緒になったんですが、その時にびっくりしたのは帰る時に私のクラスなら「みなさん さようなら。先生 さようなら」という挨拶が、お隣のクラスは「みなさん さようなら。綺麗な先生 さようなら」といわなくてはいけないということでした・・・(しかも先生が気に入らないと何度も言いなおしさせられる)

    子ども心に「変なの?」とは思っていたけれど、親に言うこともなく隣のクラスに行った時は言っていましたが、自分のクラスに戻るとホッとしていたのを覚えています。そして、そのクラスで友達になった子が「私、6組の友達と一緒に帰っちゃいけないの」ということでした。彼女の担任(綺麗な先生)と6組の先生(女性)が仲が悪いらしくて生徒同士で遊んだり一緒に帰ってはいけないというのをきつく言われているということ、見つかったら怒られるから遊べないのということでした。それを6組の友達に聞くとその子も「先生から4組の子と仲良くしちゃだめって言われているから、廊下で会っても話ができないし、一緒に帰れない」と言っていました

    先生だから、正しいことをしている。なんてのは嘘だっていうのは、案外その時から何となく感じていたのかも知れないなって思った。そして、子どもでも「変なこと」なのに私の担任の先生も私たちを叩いた男性の先生も1度もそれについて「おかしい」とは言わなかったと思います。先生って、そういうところが一般の人から見て変な気がします。仲間意識が強いというか見てみぬふりをするのが上手というか・・・そういうところがある気がしました。

    去年、友人と友人の友人という人たち何名かと飲みに行きました

    その時に、私が退院後しばらくお世話になっていた時に会った「養護学校の先生」という2人組の女性と一緒になりました。たまたま、私のテーブルは自分の友人と一緒ではなくその養護学校の女性の先生2人と男性の先生1人と私の4人だったのですが、しばらくしてから、その養護学校の女性の先生2人が私の事を「この人、初めて会った時にいきなりOOくんにマッサージさせた人でしょ」といい始めて「そうそう、常識のない人よね」と私の目の前で話しだした。そして「いかに私が非常識な人間か」というのを、私の前で2人で言い始めていた

    私としては「あの時私は退院後すぐであそこに行くのだってやっとで無理やり連れて行かれていたのに何なん?この2人??」と思った。そして、彼女たちには私の病名は言ってなかったけれど、手術して退院後で体調が悪いから友人のところでお世話になっていること、ここに来ても体調が優れないから横になっていることなどは友人が話をしてくれていました。確かにその時、養護学校で鍼灸を教えている先生にマッサージしてもらってたけど、OOくんと呼ばれた先生には事情は話してたんだけど・・・と思った。でも、今更「あの時、私は体調が悪かったんです」というのも変だし、そもそも、それをやってくれた先生が「いやあ、あの時は大変で・・・」みたいに言うのなら「すみませんでした」とも言えるけれど、何かをしてくれた訳でもない彼女たちに謝る理由も「非常識」と本人がいる前でいえるような「非常識な2人組」に立ち向かうほどの元気もなかった私でした(仙台で検査を受けた後で岩手まで高速バスで行ったので、かなり疲れていた)

    それに、多分、こういう人って1人じゃ何もいえないような人なんだろうなって思ったから「気分の悪い2人組」とだけ思うことにしました。それに友人の友人ということだから喧嘩する訳にもいかないし友人宅にに1人で帰ることもできないので我慢していました。これも彼女達の「絶対的優位」だと思った。

    その後も延々と私の「非常識ぶり」で盛り上がっていた2人でしたが、私の唯一の救いは隣に座っていたマッサージをしてくれた本人でもある男性の先生が「今は体調はどうですか?」と言って気遣ってくれたことでした

    調布市の先生や養護学校の先生や私の小学生の時のお隣のクラスの先生だけでなく「ちょっと変?」という人って会社の中でも探せば、結構いると思います

    でも、教室の中や病院の診察室という先生が絶対的優位に立って支配者のようになっている場って会社の中ではそうそうない気がします(ワンマン経営者くらい?)。学校の授業も2人担任制にすればいいのにって思った。特に小学校や中学は2人担任制がいいように感じます。
    そして、病院は外来の医師は、指名制にすればいいのにって思う。昔のように診察室では看護婦さんをつけて欲しい。そして、先生も1回1回の授業や診察が相手にとって「かげがえのないもの」って思えば、ちょっとは暴走しなくてすむんじゃないのかな??なんて思った私です

    そして、私たちは「先生という肩書き=人格者」という思い込みを捨てたほうがいいんじゃないのかな?なんて思った。確かに、人間的にも素晴らしい先生はいると思います。でも、絶対ではないと思います

    私は飲み会の件で「養護学校の先生=障害者教育をしている人格者」という図式は、木っ端微塵に砕けました。まあ、色んな人がいるって事なんですよね

    この事件のよかったところは親がきちんと自分の子どもを見ていたという事だと思いました。ICレコーダーを持たせるというのは、よほどの事だったと思います。でも、それをした事でこれほどの暴言を吐いている先生が見つかったことだし・・・でも、この先生って同僚には「いい先生」だったそうです。きっと「大人への顔」と「子どもへの顔」が別だったんだろうなって思う。

    私の体験もそうですが、子どもは子どもなりに考えて自分で「理解して頑張っている」と思います
    だから大人に怒られると、子供であっても「変かな?」と思っていても「でも、がんばってみよう」と子どもなりの努力をするんだと思います。でも、それが「間違えている」こともあります。その間違えた頑張りが子どものストレスになることもあります。そういうときって絶対に「お腹が痛くなったり」するんですよね・・・(経験談)

    それから今は、診察室でのやり取りをICレコーダーに録音しておく患者さんもいるそうです
    今でも診察室で「医療用語のオンパレード」って先生や「自分のいう事が聞けないのか」にもっと信じられないことをいう暴言医師がいるそうで、こっそり録音しておくそうです
    でも、せっかくなら「録音していいですか?」と先生に許可をしてからのほうがいいと思います
    身を守るためとはいえ、大人なんだから「こっそり」というのは、お互いあんまり気持ちのいいものではないですよね

    調布市女教師、日常的に異常な暴言 児童に「どういう脳みそ?」「ダメな人生…」
    http://www.j-cast.com/2013/04/19173492.html?p=all
    http://www.bengo4.com/topics/343/
      
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年04月30日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他

    そういえば『若冲』みてきました



    病院の検査で仙台に行った時に、1泊して友人に会う予定がだめになってしまって
    せっかく泊まったんだし、この機会を大事にしなきゃと思った
    そしたら、なんと『若冲』が来ていました

    ここのところNHKや民放でもやっていましたが、私が行った時はまだ展示が始まったばかりだったからか、人が少ないicon_bikkuri

    「東京なら混みまくってるんやろな・・・」と思いながら、プライスコレクションはメインの若冲だけでなく他にも沢山の絵があるので、午後から予定がある私は「お昼は真助で牛たんランチ食べなきゃ」と、すっとばしながら「目指せ若冲」でしたicon16

    実際に見たあの象は、ただただ『すごい・・・』でしたicon_maro03

    正直、あの途方もない四角を見ていると「吐き気」がしました
    小さな四角の中にまた四角・・・「こんなんなんで書いたんやろ???」と思いました。

    テレビで少し模写していた人がいましたが、1日8時間、1週間かかって「鳥だけ」でした
    それだけかかってこんだけ・・・しかも、このデザインの凄さ・・・

    若冲は、本でも実物でも何度か見たことがありますが、鶏の羽毛1本にしても気持ちが悪いくらいの細かさでかいています。ただ、あの屏風絵はポップなイメージがあったので実際に見るまでは、もっと簡単に書いてあると思っていました。
    でも、あの屏風絵は、また違う執拗さというか・・・なんか凄さを感じました

    だけど、きっと本人は楽しんで書いているのだろうなと思った
    色の上に色を重ねてその組み合わせで1つのモチーフになっていく楽しさ

    でも、やっぱり「異常な執念」がする絵でした

    屏風絵のところは、少し人がいましたが後ろに人がいるとよけてくれたし離れた場所からもみることができました。東京だと、今は美術館がどこも混みこみで「自分が自分が」って感じなので東京で見るよりも、とても気持ちよく見れました

    仙台までペアだと日帰りで1人1万円少しくらいで往復の新幹線のチケットと牛たんランチがついているものがあります

    美術館は仙台駅から、るーぷるという観光バスに乗って15分くらいかな??
    今ならまだ、白石の千本桜に仙台市内の榴ヶ岡公園の桜に松島の桜も見れるかも??

    春の東北は、とっても綺麗ですよface02

    若冲がきてくれました:http://jakuchu.exhn.jp/  
    • このエントリーをはてなブックマークに追加


  • 2013年04月23日 Posted by すもも at 00:00Comments(0)その他